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優しいキスをして

第6章 秘密の恋人たち

「……付き合ってます」
あたしは口走っていた。
「……っ!」
ともくんがあたしを凝視した。
あたしは、立ち上がって磐田さんの顔を真正面に見つめた。
「あたしたち、付き合ってます……」
……あたし、これ以上忍びながら付き合うなんてもう無理……。好きじゃないなんて言えないよっ。
磐田さんはあたしをまっすぐ見つめた。
「須藤、そうなの……?」
「……っそうです。あたし、北澤さんのこと、本気です」
「美優……っ」
ともくんも思わずあたしのことを名前で呼んでいた。
あたしは申し訳ないと思いながらともくんを見た。ともくんは目を見開いたままだった。
「あたし、自分の気持ちに嘘つけない……。ごめんね……」
「お前、だからって…………っ」
ともくんは何か言おうとしていたが磐田さんたちの前だからなのか、言葉を飲み込んだ。あたしは磐田さんに向き直ったが、磐田さんは黙ったままだ。
あたしは拳を強く握りしめ、意を決した。
「…………っ。磐田さん、すみません。これだけは譲れません」
「……そう」
磐田さんはまた俯いた。
……ごめんなさい。磐田さん、すごくお世話になったのに、恩を仇で返すことになってしまって……。ごめんなさい。
あたしは滲んできた涙を瞬きで散らす。
……だめ。泣いてはダメだ。
「……うちは古いけど、男女交際禁止なのはわかってますね?」
先生が静かだけれども厳しい声で言った。
あたしは滲む目で先生をまっすぐ見た。
「……はい」
「北澤くん、あなたはもう10年近くいるんだから当然知ってますね?」
先生がともくんの方に顔を傾けた。
「……はい。わかってます」
いつもの穏やかな声に緊張感が少し入り混じっていた。
次に先生はゆっくりあたしを見た。
「須藤さんだって3年いるんだもの。入社するときに話したはずですね?」
「……はい」
あたしは俯いた。確かに入社式のときに先生が言っていたのを今でも覚えている。
確かに、あたしたちは会社の決まりを破ったんだ……。
先生はあたしたちを見つめると、長机に両肘を付き、組んだ手の上に自信の顎を乗せて、鋭い目で言った。
「恋と言うものは上手くいってるときは仕事も頑張れるけど、そうではないときは仕事にも支障をきたします。ましてや相手が社内の人間ならなおさらです。仕事もやりづらくなるでしょう。お互いのために、会社のために、別れなさい……」
「…………っ!」

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