優しいキスをして
第6章 秘密の恋人たち
「会社のために別れなさい……」
先生が厳しい口調で言った。
……このばばあ、正気か?恋が仕事に支障をきたすなんて、相手が誰だろうと関係ねえし。
俺は横目で美優を見た。
涙を必死に堪えているようだがショックを隠し切れない様子で、よく見ると、……手が震えていた。
……美優っ。
最初、なんで付き合ってることを認めてしまったのかと思ったが、美優の性格を考えれば明らかだった。美優はどこまでもまっすぐで、一番に嘘をつけない相手は自分なのだ……。きっと、堂々と会えないことにも限界を感じていたのだろう。
美優の心中を考えると、納得したし、正直、嬉しかった。
……大丈夫だ、美優。俺たちは別れない、こんなことで別れてたまるかっ。
「……納得できません」
俺がそう言うと美優を含めて全員が俺に注目した。
「……北澤くん、本気で言ってるの?」
いつも冷静な磐田さんも驚いた様子だった。「はい」
「須藤さんはどう?」
「……」
言葉がない磐田さんに変わって先生が言った。
美優はしばし考えたのか、言葉を選んでいるのか、少しの間のあと言った。
「……私も、納得できないし……別れたくありません」
先生は呆れたように深くため息をついた。
「……残念だけど……二人とも意思は固いようですね。では、……どちらかに辞めてもらわなければならないわ……」
……やっぱり、そうきたか。
「じゃあ、俺が辞めます」
……わかっていたことだ。
俺は即答した。
「とっ……、……北澤さん!何言って……っ」
美優が言うのも聞かずに俺は被せるように言った。
「須藤さんはまだ成長途上ですし、まだここで頑張った方がいいと思います。わかった上で、先生は若い芽を摘む気ですか?」
俺は先生に挑むように軽く睨んだ。
こんな反抗的な態度をとるのは初めてだった。
美優は動揺しているようだが、想定内だ。だが……
「……うちとしてはあなたは管理の資格をもってるから、辞めてほしくはないんです。どちらかと言えば……」
……こんの、ばばあ!結局会社のことしか考えてねえーのか!?
「先生……っ!」
俺は、喉から出そうな罵声を飲み込んだ。
寸前で美優が俺の腕を掴んだからだった。
美優を見ると、俯いた顔を揚げて、軽く微笑んでさえいるようだった。
「いいの。……北澤さん。あたし、ここ辞めるよ」
「お前何言って……っ」
美優は少しの戸惑いもなく、俺に言い放った。