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優しいキスをして

第1章 出来心

「はいはい。北澤さんもあと何年かで30に足突っ込むんだから、もうちょっと恋愛ごっこしとけば?」
「恋愛ごっこ?」
「まあ、結婚を念頭に恋愛してみるってこと。言い寄ってくる一人や二人いるでしょ?」
「めんどくさいんだよね、そうゆーの」
「ふーん……ま、いつか淋しくなってもしらないよー」
「余計なお世話だよ」
「北澤さん、電気消してー」
「んー」
そう言ってあたしたちは店を出る。
あたしが先に出て、北澤さんが後に続いて裏口の鍵を閉める。
あたしは奥の行き止まりの方に避けてしまったのであたしは北澤さんが先に歩かないと動けない。
すでに夜9時を回っている。当たりは街灯はまばらで薄暗い。
北澤さんは肝心の鍵が見当たらないとかでまた店に入って行ってしまったので、あたしはボーッと夜空を眺めていた。
戻ってきた北澤さんはすぐに鍵を閉め、あたしも後に続いて裏手を歩く。裏口の路地を出る手前で北澤さんがふと立ち止まった。
あたしは歩く足が止まらなくて北澤さんにぶつかりそうになったがどうにか寸でで止まった。
あたしは不思議に思い、聞いた。
「どうしたの?」
「あーゆーこと、軽々しくするなよ」
北澤さんは、振り返りながら言った。そして、少し屈んだと思うと、あたしの目の前に北澤さんの顔があり、すぐに唇を塞がれた。
え?
えぇぇ!?
ほんの数秒の小鳥が啄むようなキス。
北澤さん、あたしにキスした?今キスしたよねぇ!?
あたしが混乱していると、北澤さんは、クスッと笑って言った。
「お返し」
北澤さんの、まるで子供がイタズラに成功したときのような顔を見て、思わず赤面してしまった。
ちょっと色っぽくて、少し見とれてしまったからだ。
あたしは思わず力が抜けて持っていた道具セットを落としそうになったがどうにか持ちこたえた。
……不覚だ。
遊ぶようになってからキス程度でここまで腑抜けになってしまったのは初めてだった。しかもあんな触れる程度のキスで。
「どうしたの?ちょっと口つけただけじゃん」
「……うぅー」
あたしがさっき言ったセリフをそのまま返しやがった……。
あたしは余裕げに微笑む北澤さんを軽く睨み、唸った。
悔しくて一人で先に歩いていくと、後ろから来た北澤さんにすぐに追いつかれた。身長差が30センチあると流石に足の長さには勝てない。ますます憎たらしい。

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