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優しいキスをして

第5章 闇の向こうの光

「俺は仕事の上司に……仕事を貰うために、体を売るも同然だった……。そんな薄汚い俺が、お前を抱くなんて、ましてや処女を奪うなんてっ、とても、できなかった……っ。悩んだ結果、別れることを選んだんだ…………っ」
そう言った百夜の目からは涙がこぼれていた。
百夜は、見ているこちらが苦おしいほどにとても痛々しかった。あたしはそれを見て息を飲んだけど、なるべく柔らかく見えるのを願って百夜に笑いかけた。
「……百夜、あんたもバカね。あたしは、あんたならそれでよかったのに……」
百夜はあたしの両手を強く握ると、付き合っていたあの頃と変わらない優しい目であたしを見つめた。
すると、いきなりあたしを震えたままの手で引き寄せ、強く抱き締められた。
百夜…………。
「……だからさ、今からやり直そうっ。やっぱり俺はお前が好きだ……。お前なしでは俺はもう、無理だ……」
百夜は言い終わると一層強くあたしを抱き締めた。
やり直す……?百夜とあたしが?
やり直すことができるなら嬉しいけど……。
でも、…………。それはなんか違う。

心の何かが異を唱えていた。

ふと、北澤さんの顔が浮かんだ。笑った顔、怒った顔、心配してくれたときの顔。あたしを好きだと言ってくれたときの顔。

ああ、そうなんだ……。

あたしの心で何かがすとんと落ちてきた。
はやく、戻らなきゃ……。
あの人のところへ……。

あたしが軽く百夜の体を押すと、百夜は困惑した顔であたしを見つめた。
あたしは百夜の顔を真剣に、でも微笑んで見つめた。
「百夜、……あたしたちはもう終わったんだよ。あの時に」
百夜……、あたしたちは戻れないんだよ。
百夜はあたしの肩を強く掴んだ。
「……でもお前、俺のことが忘れられなかったんだろ?あんなに苦しんでたじゃないかっ」
せつなげに言う百夜の顔を見れなくて、あたしは俯いた。
「そうだね。すごく苦しかったし、辛かった。……だから、終わりにしたいの」
これは……あたしの本音だよ。
あたしたちは、お互いに待ってくれてる人がいるんだから……。
あたしは、晴れやかに笑った。
「お前……」
百夜は目を見開いて硬直していた。
あたしは自分の肩にある百夜の手をゆっくり取ろうとすると百夜は逆に無理矢理あたしを抱き締めた。
「やだっ。そんなのやだ!」
「百夜……」

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