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優しいキスをして

第5章 闇の向こうの光

まるで子供が駄々をこねるように言った百夜は涙声だった。言い終わると百夜の抱き締める腕に力が入ったが、百夜の肩は小刻みに揺れていた。
「俺とずっと一緒にいてくれ……っ」
……っ、百夜……ダメだよ。
「百夜……あたしね……」
「好きな男ができたんだろ?でも、俺といればまた俺を好きになれるだろ!?だから……」
百夜は畳み掛けるように言った。
あたしは百夜の胸を押し返すが百夜はそれを許さなかった。
「百夜……」
「お願いだ……っ。そんなこと、言わないでくれ……!」
……百夜、あたしにとってあんたは今でも大事な人だよ。だから、泣かないで…………。
もう、おしまいにしよう…………?
「……百夜、あたし今でも百夜のこと、好きだよ……。でも、百夜とはこれから一緒に歩んではいけないの」
「…………っ!」
「あたしは、……」
あの人を、好きになったの……。
「もうっ、やめてくれ!」
百夜はあたしの言おうとしていることを察したのか最後まで言わせずに叫んだ。
あたしは百夜の背中を優しく擦るとゆっくり百夜の胸を押して体を離した。
「だからごめん。……気持ちは嬉しいけど、もう、やめよう?」
「美優…………っ」
百夜の顔は涙でもうぐしゃぐしゃだった。
百夜はあたしを濡れた目で見つめる……。
あたしも目を離さずに見つめ返す。
「百夜、お願い…………。わかって…………っ」
暫く見つめ合ったあと、百夜は俯いて、ぽつりと言った。
「お前は、その男となら、幸せになれるんだな?」
「うん……」
「……そうか」
百夜は片方の袖で乱暴に涙を拭くと、あたしの顔をせつなげな目でじっと見つめた。
そして、あたしの手を取ると優しく言ってくれた。微かに笑みを浮かべて……。
「今の男が、お前を好きだと言うやつが、うらやましい」
「えっ……」
「お前、いい意味で変わったよ」
……百夜っ、ごめん。
あたしはまた涙が滲んで、思わず俯いてしまった。
百夜はあたしの手を軽く握って押しやると一歩下がった。
あたしはハッとして顔を上げると、百夜は穏やかに微笑んで言った。
「幸せになれよ……美優。今度こそな」
…………百夜、やっぱりあんたはいい男だね。
最後は笑って別れよう…………。
あたしは無理にでも笑って言った。
「ありがと……、百夜。……さようならっ」
あたしの目から、涙が一滴零れた。
……さようなら、百夜。

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