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優しいキスをして

第6章 秘密の恋人たち

「……お前にはびっくりだよ」
床屋のバックルームのドアにもたれて大沢さんが言った。
「あ、大沢さんお疲れさまですー。なにがびっくりですかー?」
あたしは大沢さんと目を合わせることなくはさみを動かし続けた。
「何がじゃねえーよ!他の男と遊ばねえーでほぼ毎日デートまでの時間潰しにカットの練習しに来てんだろーがっ」
「当たり前じゃないですかー♪」
あの夜を境に、あたしたちは両想いになった。
名実ともに恋人として付き合うことになったが、あれからあたしは夕方に8番店に行くことがかなり減り、スタイリストとして他の店に出向くことが多くなった。夕方はもっぱら3番店か忙しい店に手伝いに行ってそのまま最後までいることが多かった。
だから会えるのは休みの日か、必然的に仕事終わりに会うことしかなくなり、あたしはこうして練習にかこつけて本店で時間を潰して待っていた。
いつもともくんの方が遅いので、時間の見込みがつくと連絡が来ることになっている。
あの日、マサキ、もとい百夜に会ったことは、あたしたちにとってとてもプラスになった。百夜に会わなければ、あたしは自分の気持ちにいつ気づいていたのやら。
さすがに杏里さんにつけられた傷のことは最後まで疑われたけど…………。その傷も今ではすっかり治った。
「なぁにが当たり前じゃないですか♪だ!……まあ、まだ毎日練習しなきゃいけない身分のお前にとっちゃ一石二鳥なんだろうがよ」
「……おかげでちょっとは上達しましたかねぇ……。あ、大沢さん。デートとか暇潰しとかでかい声で言わないで下さいよ」
大沢さんは歩いてくるとどかっと床屋の受付の椅子に座ってため息をついた。
「ありゃあ夏ぐらいだったか?……前のお前からは想像もつかねえーよな……。どうよ?最近は?」
あたしは思わず笑みがこぼれる。
「ええ、この間で3ヶ月たちました♪おかげさまで上手くいってますよ♪」
「……だろーな。お前好きになったら一途っぽいし。相変わらずどころか体のエロさは前より増してっけどな。まあ、それも愛されてる証拠ってーの?」
体のエロさって何よ……。
大沢さんの言葉にあたしはさすがに振り向いた。
「なんですかそれ?変な目で見ないで下さいよっ。まあ、愛はいつも感じてますけど」

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