しのぶ
第5章 5・真実の影
家康は志信から渡された杯の中身を一気に飲み干すと、猫のように擦り寄る志信の頭を撫でる。
「しかし、それも悪くないな。天下はもう目の前だ。お主も、一介の忍びではなく然るべき場所に立つべきだろう。半蔵亡き今なら――」
「家康様」
志信は家康の口に人差し指を当てて黙らせると、家康の厳つい手を取る。
「私はあなた様の影で動く手足、過ぎた権力はかえって邪魔になります。今までのように、一介の忍びとして側に置いてください」
「しかしだな、志信」
「どうしてもと言うのなら、一つお願いを聞いてください」
志信は家康の指に自らの指を絡ませ、妖艶な笑みを見せた。
「毛利に本領安堵を約束してここを退去させたそうですが……殿は狸ですから、嘘なんでしょう? 約束を反古にする抜け道を、あちらこちらに作っていますね」
「どこから情報を仕入れたのやら……怖いな、志信は」
「怖いのはあなた様でしょう。このまま毛利との約束を破って改易にすれば、吉川も反発しますよ?」
毛利両川の一つでありながら、関ヶ原では寝返り東軍に肩入れした吉川家。家康は彼らを、毛利の安泰を約束して味方に引き入れたのだ。