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しのぶ

第5章 5・真実の影

 
 天下分け目の決戦の地である関ヶ原。霧に包まれた朝に始まった戦が、日が沈む頃には全て終わってしまったなど、大将本人すら予想していない結末だった。

 狸を思い出させる、腹の肉の曲線。皺が目立つが衰えを見せない眼力を持った老人――東軍総大将である男・徳川家康は、関ヶ原の後大坂まで軍を進め、毛利輝元が退去し空となった大坂城で人知れず笑んでいた。

 そしてその隣には、黒装束の忍びが一人座っていた。

「ははは、三成など所詮は小身。儂の敵ではないわ」

「そんな事を言って、本陣で狼狽えていたのはどなたですか? 勝って兜の緒を締めよと申されたのは、家康様でしょう」

「志信、お主まで皆のように小言はよさんか。口うるさくなって帰ってきたのは、毛利のせいか?」

 家康の忍び――志信は、御酌しながら家康の肩にもたれかかる。その様はまるで、好いた男に甘える女のようであった。

「さて、どうでしょうね。それほど小言が嫌なら、もう私をあなたから離してはいけませんよ。私は、あなた様だけの忍びなのですから」

「主君につきっきりでは、忍びを雇う意味がないだろう」
 

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