しのぶ
第5章 5・真実の影
志信の脳裏に浮かぶ、まだ若い元康の姿。たとえ毛利が改易を逃れても、元康に待ち受けるのは厳しい未来である。
「約束だ、志信。一人になったからといって、無駄に命を散らしてはならないぞ。お主はようやく、自立の一歩を踏み出したのだからな」
「……家康様。たとえどこへ行こうとも、あなた様への敬愛は変わりません」
志信は家康の背中に深く頭を下げると、影も残さず一瞬で消え去る。もう、帰る事の出来ない場所。しかし志信の胸に、もはや絶望はなかった。
(だからこそ、約束を早速破るのは心苦しいですが)
大坂城を出れば、まだ辺りは戦の気配で静まり返り殺伐とした空気が夜を包んでいる。しかしそれも、家康によりすぐに元の賑やかな地へ戻るだろう。
志信が見据えたのは、西。天下分け目の争いに負け、そこは今の大坂以上に静まり返っているだろう。おそらくは元康も、それに飲み込まれ憂いているはず。お守りを固く握り、志信は木々を飛び移り闇に紛れながら、帰るべき場所へと真っ直ぐに足を進めた。
つづく