しのぶ
第5章 5・真実の影
志信の手のひらに収まったのは、小さなお守り。志信が目を丸くしていると、家康は志信に背を向けながら語った。
「それは、伊賀越えの際お前の父から貰ったものよ。困難に打ち勝ち、生きてふるさとへ帰れるよう、願を掛けたものだ」
「なぜ、そのようなものを私に……」
「もう天下は儂のものだ、儂に必要なものではあるまい。ならばようやく帰る主を見つけたお主の旅路を祈り、無事に辿り着けるよう願いを込めて、お主に贈るのが一番だと思ってな」
背を向けているため、志信に家康の表情は分からない。だが、しわがれた声の合間に時折入る鼻をすするような音に、家康の本意が表れていた。
「そうでなくとも父親の形見だ。持っていけ。そして……思い出話の一つとして、小川元康に話してやるといい」
よく見るとお守りは薄汚れ、袋も少々綻んでいる。おそらくそれは家康が受け取ったという伊賀越えの時から今まで、ずっと家康の懐に収まっていたのだろう。
「私は、このお守りと同じです。たとえ汚れても、家康様をお守りしたかった」
「いつか人は、守られるだけではなく己の足で歩まねばならぬ。そしてまだ未熟な若者を、守ってやらねばならぬのだ」