しのぶ
第7章 7・しのぶ
まさか由来までそのままとは思わず、元康は気まずさに頭を抱える。
「俺が家康に似てると言っていたのは……そのせいもあるのか?」
「ええ、それも大きな理由の一つですね」
そんな理由で一緒にされていたのかと思うと、苦々しくなり元康は爪を噛む。しかし志信はその手を取ると、元康を上目遣いで見上げた。
「さ、これからは思う存分しのぶとお呼びください。私の心は、あなた一人のものなのですから」
忍びを辞めたとはいえ、染み付いた習慣がすぐに消える訳ではない。元康に媚びて機嫌を直そうとしているのは百も承知だが、やはり愛する者が自分だけに向ける瞳は心地が良いものだった。
「――早く町に行くぞ。足を止めたままでは、いつまでも牢人のままだからな」
「それでこそ我が殿です」
志信は満足げに頷くと、元康の先を行き歩き出す。
「しのぶ」
だが名前を呼ばれて振り返れば、元康の表情に思わず足を止めてしまった。
「俺は必ず、お前の期待を超える武士へと戻ってみせる」
ただ他人に翻弄され、流されるだけの小川ではない。小さくとも自らの道を行くと決めた瞳に、志信は自然と跪いていた。
「そのためなら、私は全てを捧げましょう」
旅路は長い。しかし二人を導く光に、曇りがかかる事はないだろう。
降る雪はいつの間にか止み、空は青さを取り戻していた。
おわり