しのぶ
第7章 7・しのぶ
「そういえば、しのぶ」
「どうしました? 町まではまだ掛かりますし、休憩しますか?」
「いや、そうではない。そういえば真の名を、まだ聞いていなかったなと思って」
志信はなんの話か分からず眉をひそめるが、すぐに自分の名前だと気付く。元康は志信の前に立ち人差し指を突きつけると、得意気に語った。
「もうお前は忍びではないのだ、偽名を使う必要もない。志信、なんて俺はもう呼ばないからな」
「はあ、まあ隠す必要もないので構いませんが」
期待で目が輝く元康に、志信はつい口元が緩む。そして驚く姿を頭に浮かべながら、期待に応え口を開いた。
「元康様はもう何度も、本名で私を呼んでいらっしゃいますよ」
「――は?」
「志に信じるで、しのぶ。それが家康様に戴いた、私の本名です」
元康は目を白黒させ、何か言おうと口を動かすが、声は出なかった。
「家康様は名付けの感覚がずれた方でして、犬丸は忍びなのだから『しのぶ』と名乗れと言いつけたのです。しかしそんな名前で呼ばれては正体が筒抜けです。困って鳥居様に相談したら、それでは読みだけでも変えて生活すればいいと提案されたのです」