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しのぶ

第2章 2・手紙

 






 真っ黒な墨が、白い紙を罵倒の文字で汚していく。筆を握る手は段々と動きを早め、気が付けば紙は部屋の端に届くくらいに伸びていた。

「元康様、ご報告が――って、なんですか? この文は」

 志信は黒装束に頭巾といういつもの身なりで天井裏から降りるなり、訝しげに長い長い文を見つめる。元康は筆を置くと、親指の爪を噛み呟いた。

「書き直しだ……」

「はい?」

「違う! 俺はこんな事を書くつもりで筆を取ったのではない!」

 志信はひとまず、元康が噛む親指を離し手を取る。

「爪を噛む癖はよろしくないと申したでしょう。墨でも付いていたら舐めてしまいますよ」

 そして興味のまま文の内容を軽く覗いてみると、そこには箸の使い方、小さな言い回し一つに至るまで、人間性全てを罵倒する怨念がしたためられていた。

「小早川……これ、小早川宛ての文なんですか?」

「だから、こんな事を書くつもりではなかったと言っているだろう。顔を思い出したらつい腹が立って、筆が乗ってしまったんだ」

 志信は二、三歩戻り、文の書き出しを読んでみる。すると確かに始めの方は、小早川に西軍へ力を尽くすよう願う文章であった。
 

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