しのぶ
第3章 3・嘘つきの顔
「……確かに輝元様はお若く見えて、乱世を生き抜く将の目をしておられます。それは、太閤の天下で育った元康様にはありません」
「輝は空っぽでも、一人で歩ける。けれど元康は……キミを空っぽの心に迎えてしまった」
首元に突きつけられた刀の切っ先は、僅かに震えている。輝元は苦笑して刀を収めると、座り直した。
「かといって、輝がキミを殺す理由は見つからない。嫌だねぇ、優秀な忍びって。手落ちがあれば、すぐ斬り捨ててやるのに」
「切り捨てていただいても構いませんよ? あなたは毛利家当主なのですから」
「理由もなく家臣を斬り殺したら、輝が悪く言われるじゃない。小さな『川』でも、輝は失いたくないんだ。大きな川が流れを変えて、反乱しても――ね」
「……それでは、私をこのまま元康様の元に帰すおつもりですか」
「まさか。こんな愚痴だけこぼすために、わざわざ国元から呼び出さないよ」
輝元は袖から一枚の地図を出すと、それを広げる。暗くて見えにくいが、それは京の地図であった。
「今西軍は、京の伏見城を攻撃している。ここを守るのは徳川家康の古くからの盟友、鳥居彦右衛門元忠。小早川も、この戦いに参戦しているんだ」