しのぶ
第5章 5・真実の影
荒谷で起こった大規模な一揆は、当主元康が一揆衆の想定より大分早く戻ったおかげですぐに鎮圧される。大坂へ向かっていた手勢が、目的は違えど争いの準備をしっかりと整えていた事も、結果素早い鎮圧の要因にもなっていた。とはいえ、一度一揆が起これば領地は否応がなしに荒れる。鎮圧したからといって、すぐに大坂へ戻れる訳ではない。首謀者の断罪、それを行わなければ騒動は根本的に終わらないのだ。
「元康様! 逃亡していた首謀者を捕らえました!」
家臣の報告を受けて、元康は心の荷が少し降りる。だがすぐに、家臣が複雑な表情を浮かべている事に気付いた。
「……犯人を捕らえたのではないのか? 浮かない顔だな」
「あ、あの……誠に申し上げにくいのですが――」
続いて家臣が話した首謀者の名に、元康は一度安堵した心を奈落の底へ突き落とされる。
『首謀者は、草野六兵衛。そして……忍者、志信です』
元康の足は、罪人が捕らえられているであろう地下牢へと向かう。その中にいるのが、自分が最も愛する人でない事を祈りながら。