衝動
第5章 〜それからのお話〜
高校を卒業し、私は大学生になった。
東京に引っ越し、一人暮らしを始めた。
将来の夢は、薬剤師になることだった。
ある、大学1年の夏休みのことだった。
マンションの階段を降り、駅に向かうつもりだった。
階段を降りると、男の人とすれ違った。
歳上の異性は今だに苦手だ。街ですれ違う分には大丈夫だが、こういう人気のないところですれ違うのは避けたい。
「……ん?…」
何かが引っかかる。さっきの人、一度見たことがあったような気がしたのだ。まあ、同じマンションに住んでいるのなら当然なのかもしれないけど。
駅からの帰り、マンションの前で野良猫を見つけた。ふと、あの彼を思い出した。
「元気かな〜」
猫は足早に去っていった。
階段へ向かおうと立ち上がると、朝に見た男の人が横を通った。
私は確信した。根拠もないのに。
「尋也さんっ」
男の人に向かってそう呼んだ。彼は驚いた顔をして振り返った。あの時の記憶が蘇る。あの時も、彼は驚いた顔をして振り返った。
やはり、見間違えではなかったのだ。年月が経ち、少し顔は変わったようにも思えるが、彼は鈴森尋也だった。
私は、躊躇うことなく彼に近づいた。
『………えっ…』
まだ驚いた顔をしている。
「鈴森尋也さん……ですか?」
『は……はい…』
「私のこと、覚えていますか?」
彼は一瞬考え、すぐに気がついたようだ。
『…栞……ちゃん…?』
その声がすごく懐かしかった。
「はい!」
私は笑顔で返事をした。
『……えっ……嘘…』
「嘘じゃないですよ。まだ信じてないのですか。葉月栞ですよ葉月栞!」
私は本当に嬉しかった。