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メビウス~無限∞回路

第3章 迷走する魂

 死にたいと囁く声が、聞こえていた。
 それはどこかも分からない、薄暗く冷たく虚無を写実した世界からの呼びかけだ。伝う雫を拭うのを忘れて少年は歩いていた。

 この夢の中を。
 たった、ひとりで。

 寂しさと苦しさは息苦しく、触手を伸ばして僕の身体を握り潰そうとする。一瞬でも気を抜けば、僕は殺されてしまうのだ。この世界で、誰にも声さえ届かずに。闇の触手に包まれて、じわじわと握りつぶされてしまう。
 逃げなければ、捕まってしまう。
 今も僕を探しているのが気配で分かって、僕は膝を抱えて自分の吐き出す息さえも止める。呼吸が止まると触手は僕の居場所を見失うみたいだから。
 隠れている間だけ、こうして僕は自分を守らなければならない。
 戦える武器もなく、恐ろしい触手を相手に助けを求めるのに。

 その声は誰の耳にも届かないんだ。

 僕の手は誰の身体に触れれない。物には触れるのに、僕には誰かを触れる資格さえないんだというみたいに触れれない。
 たまに僕と目が逢う人は、何故か悲鳴を上げて転げるみたいに走って去っていく。

「待って!お願い、僕を独りにしないで…っ!」

 こんな闇の中に僕を置いて行かないで、助けて欲しいと手を伸ばす。
 真っ青な顔は次第に白くなっていき、僕の声さえ届かずに逃げてしまう。どうして僕を見て、驚いて、声が上ずって叫ぶのか分からない。

 怖い、怖い、怖い、怖い、怖い…。

 僕だって怖いのに、誰も僕を見て叫ぶだけ。僕は誰かに何かをした覚えもないのに、どうして怯えて許しを請うのだろう。僕は誰も傷つけないし、誰も傷つけたくなんかないのに。―――

「ひっ!」

 触手がまた僕を見つけた。
 僕はまた縺れる足で走り出す。闇の中でたったひとり。寂しさも恐怖も閉じ込めたこの世界で走るだけ、逃げなければ捕まってしまう。捕まってしまえば、僕のどうなってしまうのだろう。

 怖い、怖い、怖い、怖い、怖い…。

「こんなところで蹲ってどうしたのです?」
「………ぇ?」
 誰に声を掛けたのだろう。僕はただ呆然と見上げる視線の上で、お兄ちゃんが立っていた。
「家族のところに帰り方、忘れちゃったのかな?」

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