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メビウス~無限∞回路

第9章 鳴き声(後編)

渦の中心からは泣き声が二重に聞こえる。空停止で中心はより強く黄泉の臭いがきつい。神楽の顔色がより青く染まっていくのを見て、素戔嗚は苦笑する。薄く開く唇に唇を重ね、直接に神気を押し流す。神子である神楽は抵抗なく、その神気を喉を鳴らし呑み込んでいく。生存本能が動いていることに素戔嗚は少しだけホッと胸を下ろした。

「さてと…」

中心にあったのはボロいと一言で言い終えることが出来る安アパート。その二階が中心であることは分かる。空中で静止状態で伺うと、微かななき声が二重になって聞こえてくる。助けを求めているようにも、また呪いをぶちまけているように聞こえる声。
重苦しいカーテンが引かれ、中の様子は簡単にわからない。素戔嗚は神楽がさっき放った言葉に舌打ちする。いっそ風で薙いでしまえば早い。そう思ってもどんな結界方式を築いているか、一見ではわからないので勝手は出来ない。術式が分かっていれば、逆凪を起こせば簡単なのだが…今は、此方が逆凪を起こす可能性の方が遥かに高い。神楽がこの調子である以上、天照を始め数多の神を呼ぶことも出来ないのだ。中心の部屋である玄関の前に降りた。

「此処だな…」

先ほどよりもずっとナキゴエは大きくなっている。小さな子供が泣いているようにも、小動物が鳴いているようにも聞こえてた。
素戔嗚はフゥッと大きくため息を吐くと、ドアノブに指先を触れさせる。微かに抵抗を示すような電流が指先を刺激し、ドクリッと心音をひとつ大きく高鳴らせた。

「一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、百、千、万!」

天の数歌(あめのかずうた)をゆっくりと唱えながらドアノブを回す。最初抵抗を示した電流は、素戔嗚の指先をもう痛めるほどの威力もなく、ギィ…っとゆっくりと開いていく。押し寄せてくるだろうと思った瘴気の波はなく、風のない海のように穏やかであった。
靴を脱いで入るのも躊躇うほど、ゴミが散らかっている玄関にはボロボロになっている黄色い小さな靴が一足、派手なヒールがそれを押しつぶし、さらに大きな靴が真ん中にどんと居座っている。……この家族のものと思われた。
子供の靴は一足だが女の靴は乱雑に何足もあり、男ものでさえ5足は存在している。この小さな玄関に存在を誇示するみたいだなぁっと素戔嗚は通り際に思い、土足のまま奥へと抵抗のない中を進んでいく。

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