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メビウス~無限∞回路

第9章 鳴き声(後編)

部屋の造りは四畳半と六畳の2室、トイレと風呂がひとつになっているユニットバスらしき扉が開いている。ナキゴエに気を取られていたせいか、その音に気がつくのが遅れた。
ビュッと音と同時に神楽を庇い、頬に一筋の血が流れる。目視するまでもなく、攻撃は開かれたユニットバスからしていた。

「…やろぅ…」

素戔嗚は大人の風体をしていても中身は、幼子と変わらない。しかも元来気性は激しく物怖じもなく、果敢であること。ストッパーである神楽が意識が不明瞭である事実。しかし尊の姿ではない現状であれば、なんの問題があるだろうか。…彼は三貴神で月読ほどではないにしても黄泉に適した性質を持っている。この穢れにさえ目を細めるほどの衝撃も与えてはいない。

「だれだぁ? 俺に、喧嘩、を、売るーー馬鹿野郎はよぉ?」

出てくる気がないなら、コッチから迎えに行ってやる。頬に流れる血を指先で擦って舐めたところで、ずんぐりと大きな奇妙に歪んだ物体がズルズルと音を立てて出てきた。

「イソギンチャクが何の断りを持って、漆黒の海原に映えるこの俺様に傷を入れた?」
『これはこれは、海の王にして風の御子素戔嗚さまではございませんか…幾久しく」
「イソギンチャクに知り合いはいねぇよ、なんのつもりだって聞いてんだよ」

棘を上下に伸ばして縮ませ、さらに一歩ほど大きく距離を近づける。大きな体に隠れた先に、茶色の髪の毛が軽く見えた。
おそらくはこの家の住人だろう。素戔嗚には興味が無いが、神楽が知ると後で厄介になる。見て見ぬ振りも考えたが、体調を悪化させていることで、繋がる意思の下で助けたいという声が響く。さてどうしたものかと視線を滑らすと、既に冷たくなったオトコの上に園児ほどの子供が座って髪を引っ張っていた。

『お父さん…お父さんどうしたの? もう遊んでくれないの?』

少年は既に魂と魄が剥離しだしている。このままでは御霊へと果て、禍いもたらすだけの存在になってしまうだろう。素戔嗚はイソギンチャクへと視線を戻し、深くため息をついてみせた。

「……お前がしたのか?」
「私はなにも…ただ【助け】ただけのことですよ。…父親に殴られて、柱に強く頭を打ち付けて、死の淵で痛みと哀しみと憎しみで叫んでいた可哀想な魂を」

そう呟くように慈愛に満ちた言葉。素戔嗚が反吐を吐くように睨み据えた。


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