メビウス~無限∞回路
第9章 鳴き声(後編)
…一方ーー。
仔猫を抱いた勇魚が頬を寄せる。足下には件の男が転がして、瞳を骸に投げかけると、イソギンチャクがそれをゆっくりと咀嚼を始める。肉体を伴う亡霊が暴れるが、声は喉が潰れているのか。それとも機能はしていないのか、断末魔の悲鳴が魂全てで吐き出していく。横目にそれを見て仔猫に唇を寄せてゆらりと笑う勇魚の瞳に、残酷な笑みが浮かんでいるだけだ。
「仇はこれでいいかな…? おチビちゃん」
答えるようにみゃうみゅうばうと鳴く。それは声を重ねているせいだ。この男が殺した小動物達の怒り、悲しみ、恐怖。依り代になった冷たくなっていた仔猫の身体に集めてみた。
この男が虐げていた数々の悲壮は、我が身で償えばいい。肉体の死と霊の死とを経験するなんて、滅多にできるモノではないだろう。まさにたった一度きりの人生だ。人間社会の発展の裏では数え切れない命が犠牲になっている。それ自体はまさに弱肉強食だろうが、それに道連れにされる命にはいい迷惑でしかない。
「まぁ、そういう人間の御霊が一番のご馳走だからね…もっと恐怖を与えてあげたかったけど…」
「お主には出来ないだろうよ、子供の御霊を空へと還しているんだから」
「……ああ、だって殆ど浄化されている霊に用はないからね」
「まぁそういうことにしといてやろうぞ」
「好きにいいな」
薄く瞳を閉ざして笑う勇魚。イソギンチャクが口を出してくるのを、適当に相手にしながら仔猫を愛でる。血で汚れた身体を舌で舐めとると、擽ったいとでも言うように仔猫が鳴いた。
此処には上も下も無い。暗褐色の色に蝋の灯り程度の光が入るだけだ。視界は人間では明瞭とは言え無い夜見の世界。主人である三貴神の一人である月読が支配する場所である。人間界の歪みが始まりで黄泉ーー夜見の世界へ近づいてきた。
それに対する大きな変化が、こうして引きずり込まれたと思っている。だったら狩りを楽しみたい。勇魚はいつか高天原も人間界を介して近づいてくると思っている。天照がこの状況を黙って見ているとは思わない。ーー現に、天照神子が誕生している。何よりも素戔嗚が現世に招来されていた。