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硝子の挿話

第9章 滄海

 ズブズブ…自らの身体に沈んでいく剣は、奥へまだ奥へと目指しサイティアを貫いた。
「ぁ…」
 ティアの瞳がカッと開く。剣は簡単にサイティアを通過し、ティアにまで届いた。
 二人の身体は意識もしていないのに戦慄く。外から聞こえる音がどんどん耳から遠ざかっていく。外の音は遠くなるのに、耳鳴りは強く鼓膜で鳴っていた。
 目の霞みが強くなり、ティアを抱きしめたままサイティアは意識の全てを沈めた。

「ティア…」

 守れなかった。
 守ると誓ったのに、守れずに傷を深めてしまった。
 生きているだろうか。生きていてくれるだろうか。それだけを沈んでいく意識の中で繰り返していた。
 こんな様では、ティアを守るなんて『好き』だなんて言えない。無意識に流していた涙は、大切な日との決別を知った悲しみもあった。

 大好きだった。

 ティアの両親が。
 感情表現がそれほど出ない内向的な性格であったサイティアを、我が子同様に可愛がってくれた。
 大好きだった人達は、何者かに殺害され、幼い幸せに終止符を撃ち込んだ。
 サイティアはこの日にティアから引き離された。
 神子となるべきだとして、神殿側が保護し、以後の養育を一切を取り仕切る旨をサイティアは、タルマーノの両親から聞いた。
 サイティアは誓う。―――もっと、強くならなければ大切なモノは守れない。
 寄宿舎へとサイティアは道を選んだ。もう二度と誰も失いたくない気持ちが、サイティアの奥に根付く。
「俺は騎士になる。神殿で神子を守る為に…」
 その願いが叶うまでに、数年の時間が掛かることになろうとも、折れない剣を胸を抱いてサイティアは神殿付きの騎士になった。



 再会の日、ティアを抱きしめて胸に芽生えていた気持ちは、確かな『恋』だと認識した。
 それでも一生、家族でいることを誓う。彼女から無心に寄せられる信頼と愛情。それを求め与える意味にサイティアは、自分の中に芽生えていた深い愛情に、隠れた恋情を殺すことを選んだ。
 たとえ気持ちの上で、この先にあるのが煉獄だとしても。構わない―――欺瞞(ぎまん)も嘘もいつか真実になると信じて、サイティアは肉親を選んだ。

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