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硝子の挿話

第9章 滄海

 守る為に。それだけに弱かった身体を強くするまでに鍛えた。
 ただひとつの願いを叶える為に、持ちたくもない武器を手にした。
 この瞬間の為、だけに。
 癖として持ち歩いていた小さな瓶に詰めている蓋を、片手で外すと敵に向かい投げつけた。
「くらえっ!」
「なん!…」
 下卑た方が瓶を叩き割る。中から出てきた粉は、―――胡椒だ。ついでに塩と海月の粉を混ぜていた。

「ぐぼっ、げほっ…ぐっ…」

 敵に命中する必要はない。寧ろ途中で割られた方が、粉は飛び散る。サイティアはズボンに吊るしていた布で素早く口元を覆い隠す。瞳には常に掛けられた水晶で作られたレンズで粉の進入を拒んだ。
「ティア…」
 豪雨が壊れた室内に入り込んでくる。一度部屋を出て、隣の部屋からの衝立を外してティアに駆け寄った。
 きっと衝撃に耐えられずに、気を失っているのだ。ティアを抱き起こそうとして濡れる掌。 それは二人と同じ朱であった。
 掌を濡らす雫に、もう手遅れだったのかと全身が虚脱しかけた瞬間。ティアの眉が微かに動いた。
「ティア!」
「逃がすかっ!」
 掬うように抱き上げようとしたサイティアの肩に凶剣が振り下ろされた。

「うわっ!」

 熱さ、が肩から走りだし。全身に巡るが逃げなければ殺されてしまう。守ると決めたサイティアの意志は自分の身体の下にティアを隠す。
「くそっ!眼が…この餓鬼っ!げほげほっ…!」
 薄く開いた眼は充血して、狂気はより一層露になっている。
 霞む意識の下で感じた。





 敵の殺意が一気に膨れ上がる。熱さなのか、痛みなのか自分でも分からないサイティアの背後に振り下ろされる銀(しろがね)。

「こっちこっち!!」

 幼い声が遠く聞こえる。タルマーノが大人を連れて来てくれたのだと、沢山の足音が聞こえてきた。
 ティアはこの集落で一番幼く愛嬌も手伝って、可愛がられているのだ。
「チッ…仕事を急がねぇとな」
 途中まで振り下ろしていた剣を一端手元まで引き、逃げることも出来ずにサイティアは剣の行方を見ていた。

「っかは…」

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