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硝子の挿話

第10章 交錯

 あの豪雨は、大切なものさえ押し流してしまった。
「ティアには事件前後の記憶がないんだ」
 よほど怖い思いをしたのだろう。記憶を凍結させることで、自らの精神を守ったティア。ぽつりぽつりと重ねた思い出を語ることで、ユウリヤの表情もどんどん固まってくる。
 命を常に狙われる恐怖なんてものは、そう簡単に経験できる訳ではない。
 緊張を残しながら日常で、背中合わせに存在などしているなど。二人の逢瀬が本来、どれぐらい危険なのかをユウリヤは感じた。
「………これだけは記憶回路に刻んでてくれ」
「………」
 つっと顔を上げたユウリヤに、サイティアは厳しい表情で毅い眼差しで射抜く。

「ティアを泣かせたら、俺はどんな手段を用いても、お前を必ず消す…」

 理性の鎖で咆哮する本性を縛り付ける。衝撃として放たれた言葉に、ユウリヤは暫く戸惑いを見せた。
 危険と背中合わせという事実は、引火材料として自分の危険を孕み。失うかもしれない恐怖との戦い。それでも真綿で包まれた純朴な笑みを、信頼の瞳を向けてくれるティアが欲しい。
 飾り雛としてではなく、生身で触れ合う肌の温かさが欲しい。
「愛しいと思う気持ちに嘘は………ない」
 もうあんな思いを繰り返すのは嫌だ。何も出来ないで憎しみの炎を上げる感情に囚われ、石畳で爪を剥ぐ真似はしたくない。
「…サイティアと言ったな」

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