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硝子の挿話

第12章 眷恋

「うぅううぅ…」
 見なくても分かる。赤くなった顔を隠して俯いているのが。
 ティアの手は拒絶など、してはいない。背後に伸ばされた手が、ユウリヤの背に添えられていた。
 風の音が優しく、二人を避けるように葉を揺らす。隙間から洩れる陽光が幻想的な世界を演出する。―――暫くの間、ただ互いの心音に耳を寄せ、広がる静寂を慈しんだ。

「行くか」
「はい!」

 離れる瞬間に引力が発生し、互いは軽く唇と唇を触れ合わせて離れた。
 少し上気したままの顔は照れている。見て無意識に頭を撫でた。
「では、参りましょう」
 ティアが出した手を繋ぐ。来た道をゆっくりと下りだす。途中で一度だけ振り返った。
「また来れますよね?」
「また来れるさ」
 顔を見合わせて微笑が浮かぶ。しっかりとした足取りで、二人はもう振り返らずに先へと進んでいった。
 ティアの中は幸福に包まれている。こうして一緒に歩けるのは、普通の女の子だけだと思っていた。
 今こうして道を歩く自分は、誰から見ても普通の女の子だと思えるのが嬉しい。たった半日の夢だとしても、此処に自分が居て。隣を歩くユウリヤがいるのは現実。

「感謝します…」

 ユウリヤにも聞き取れないほど、小さな言葉に万感の想いを込めた。
 この一瞬があれば、どんなに胸を痛める状態とも向き合える―――とは言えないが。
 欠片ぐらいなら叶うような気がした。

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