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硝子の挿話

第12章 眷恋

「声だけではないですよ?楽も、奏でる音も、仕草も、笑い方も…大好きです」
 小首を傾げるみたいに見せた笑い方は、満開の花だとかそういう例えが似合っていた。

「…………」

「ユウリヤ?」
 きょとんと反対側に小首を傾げたユウリヤをティアは見た。
「ティアだけが俺を癒せるんだなって、今ちょっとだけ思った」
 何度も挫かれた感情を、両手に受け止めて抱きしめてくれる。昨日二人で眠った時、ユウリヤはあの日々から初めて熟睡が出来た。

 悪夢に追われることも。
 自分の悲鳴で目が覚めることも。
 自分の肩を抱いて、必死に零れていく涙を止めることも。

 緩やかに優しい。いい夢を見ていたからだ。恋情というよりも愛情で包まれた今日という日は、一生に残るほど強く踏み出した一歩なのかも知れないとひとり思う。そう思えることが嬉しいと、いつかきっとティアに伝えたい。
「行くぞ」
「………ユウリヤ」
 今はまだ言わない。悔しい気持ちではないが、なんだか上手い言葉が今は思いつかない。先に伝えるならきっと音の方が明確に届くだろう。
「何だ?」
「私を好きになってくれてありがとう…大好きです!」





 直球に届く言葉は、明確で分かりやすい。ユウリヤは思うのだ。
 あの辛い別離から、出会うまでの苦悩と哀切は―――ティアへと繋がる為に必要だったんじゃないかということ。
 本人であるティアにも言う気はないし、言った所でなにがどう変化する訳でもないなら、黙っているつもりだが。それを実感出来るほど、浮上できるなんて知らなかった。
 ずっとあの闇の中を、足をとられ躓(つまづ)き。去ってしまった舟を、雪の中で慟哭をあげて待っているしかなかった。

「………」

 どんなに走っても追いつけないで、どんなに叫んでも声は実際には出ていない。悲嘆に暮れるだけで、一歩もその場から動けずにいた自分を見つけ、手を伸ばして抱きしめてくれた。
 もう、誰も居ないと思っていたのに。
「俺の方こそ…ありがとう」
「え?なんて言ったんです?」
 ユウリヤに両耳を閉じられた状態で、ティアはもがくが許さず強く引き寄せた。
「街中では出来ないからいいだろ?」

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