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硝子の挿話

第3章 螺旋

 島全体が素晴らしく景観に恵まれているアトランティス。
 最北端は極寒気候で、この島一番の高い山は、聖なる山と呼ばれ、信仰の対象となっている。山は険しく万年雪を積もらせるが、春になると雪解け水が流れ、平野を隅々まで潤して、清い水を与えた。
 かわって最南端は亜熱帯にあたり、ココナッツやマンゴーをはじめとする果樹が、豊かな実りを与え、まさに地上の楽園がその場にあった。
 豊かな暮らしは、中心にある王国の聖域が取り囲んでおり、その周辺には三重の堀割が築かれていた。
 平野には長閑な気候が四季を作り出し、縦横に巡る運河を利用し、人々は自家用の船に乗り、生活をしてした。





 ―――しかし。

 それは遠い物語でしかない。



 発達する文明が。
 急速に極めていく科学が。
 貧富を広げていく権力が。
 地上の楽園を消滅させていく。




「……」

 広大な海原が見える。一般はおろか、王族さえ立ち入れない禁圧の場所に、一人の少女がたたずんでいた。
 夕焼けを全身に浴びる。純白の絹糸で出来た足首まであるドレスが潮風にあおられ。長い髪は、アメジストをふんだんに散らした髪留めで後ろに結わえられ、サイド髪は垂らしているために、ドレスと同じ方向に流されていた。
 一見にして良家の娘にしか見えない少女。彼女は唯一この場に居ることが許される身だった。

「………」

 この場所で太陽が沈む姿を、眺めるのが好きだった。
 一日が終わる日暮の全てが闇に飲み込まれようとする姿。海を紅く染めながら堕ちていく。
「?」
 眺めている毎日の見慣れた筈の景色に、少女は違和感を覚える。何かが浮かんで居たのをきょとんとした表情で認め、おそるおそる近付いた。
 境界線として、引かれた岩の群れの向こうに見える黒い塊。
「もしかしてキュルかしら?」

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