硝子の挿話
第18章 幽玄
もう一度巡り逢いたいと、深く願ったのは千尋も同じだった。
恐る恐る伸ばす両手を、ギリギリでとどめた。
悪い癖だとわかっていたし、知っていたが自信がない。思わず踵を返した千尋の、背中に由南が叫んだ。
「…ティア!」
千尋はほとんど無意識に振り返った。
聞き覚えのある言葉。そしてそれは自分の名前ではないかと、胸の奥で囁く声が浮かんだ。
「ユウリヤ…」
無意識に口から出てしまった言葉を千尋は両手で隠す。恥かしさに真っ赤になり俯いた。
ようやく二人は―――めぐり合ったのだ。
幾星霜を駆け巡り、約束を叶えるために。
あの頃より逞しい腕が、千尋の身体を抱き締めた。
「………」
曖昧だった記憶は、身近におきた奇跡と、出会いでよみがえった。
忘れたかった場面や、切に覚えておきたいと願った場面。それら全てが露になった驚愕と慄き。
千尋はまだ意味が分からずに、少し戸惑っているようだった。
「…あの…ですねっ…人があの…通っているのですがっ!」
決死の覚悟で言う背後に、大量の汗を飛ばしている。
変わらない姿は、由南に安息を与えた。
千尋は服の袖を引っ張る。
「―――っ」
どうして初対面の相手に、抱きしめられているのだろうか。
長く伸ばした髪に、由南が触れてくる。
感情が縺れて、上手く言葉にならない。けれど切なさは何故か、千尋の心に広がっていた。
身体は記憶など飛ばして、安心感を得ている。
強く打ち付ける鼓動。昔も、こんなに跳ねあがる心音を聞いた気がした。
「改めて自己紹介。名前は小田切由南。千遼と同じ高校の3年」
「…千道千尋です。…私立に通っています…」
ぺこりと頭を下げる。緊張に被さる緊張で、ドキドキしていた。
何を話せばいいのか、千尋はパニック寸前だ。
理解や躊躇を超えた感覚に、本気で戸惑ってしまっている。
そんな千尋の表情を見て、由南が言葉を詰まらせた。
「……緊張してるんだ…これでも」
触れる優しさに、戸惑いよりも切なさを感じると言ったら、おかしいだろうか。
「…友達からでもいいんだ、始めないか?」
夕焼けに染まる空。雲が、風に流されていく。
恐る恐る伸ばす両手を、ギリギリでとどめた。
悪い癖だとわかっていたし、知っていたが自信がない。思わず踵を返した千尋の、背中に由南が叫んだ。
「…ティア!」
千尋はほとんど無意識に振り返った。
聞き覚えのある言葉。そしてそれは自分の名前ではないかと、胸の奥で囁く声が浮かんだ。
「ユウリヤ…」
無意識に口から出てしまった言葉を千尋は両手で隠す。恥かしさに真っ赤になり俯いた。
ようやく二人は―――めぐり合ったのだ。
幾星霜を駆け巡り、約束を叶えるために。
あの頃より逞しい腕が、千尋の身体を抱き締めた。
「………」
曖昧だった記憶は、身近におきた奇跡と、出会いでよみがえった。
忘れたかった場面や、切に覚えておきたいと願った場面。それら全てが露になった驚愕と慄き。
千尋はまだ意味が分からずに、少し戸惑っているようだった。
「…あの…ですねっ…人があの…通っているのですがっ!」
決死の覚悟で言う背後に、大量の汗を飛ばしている。
変わらない姿は、由南に安息を与えた。
千尋は服の袖を引っ張る。
「―――っ」
どうして初対面の相手に、抱きしめられているのだろうか。
長く伸ばした髪に、由南が触れてくる。
感情が縺れて、上手く言葉にならない。けれど切なさは何故か、千尋の心に広がっていた。
身体は記憶など飛ばして、安心感を得ている。
強く打ち付ける鼓動。昔も、こんなに跳ねあがる心音を聞いた気がした。
「改めて自己紹介。名前は小田切由南。千遼と同じ高校の3年」
「…千道千尋です。…私立に通っています…」
ぺこりと頭を下げる。緊張に被さる緊張で、ドキドキしていた。
何を話せばいいのか、千尋はパニック寸前だ。
理解や躊躇を超えた感覚に、本気で戸惑ってしまっている。
そんな千尋の表情を見て、由南が言葉を詰まらせた。
「……緊張してるんだ…これでも」
触れる優しさに、戸惑いよりも切なさを感じると言ったら、おかしいだろうか。
「…友達からでもいいんだ、始めないか?」
夕焼けに染まる空。雲が、風に流されていく。