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硝子の挿話

第18章 幽玄

 逆光に映える影。

「―――私…」
 触れ合う視線。鼓動はどうしてこんなに早鐘を打つのだろう。
「……私…」
 声が震える。
 奇跡に高鳴る胸。
「それとも俺に…興味ない?」
 泣きそうな声。記憶の底にある気持ち。

 一目で惹かれた。

 あの席で座っている彼にだけ、千尋は視線が行ったのだ。
 ただ彼しかあの瞬間千尋は見ていない。
 けれど、という気持ちが、すぐに首をもたげた。





 千尋は千遼と比べられるのが怖い。幼稚園からずっと比べられてきた。
 同じ細胞から生まれたのに、どうして違うと聞かれる度、千尋はうつ向く癖ができた。
 千遼と同じ顔だから、千遼の代わりに連れて歩くのがいいと、言われたのは中学生の時だった。

 そう言って笑っていた声は、今も耳に残っている。

 不安を適切に読み取ったのか、はっきりと言葉にして呟いた。
「千遼は確かに元気だし、可愛いとは思う。…けれど俺は、千尋と付き合いたい」
 ためらいで止まる千尋に、先に言う。本当はずいぶんと前から知っていた。

 あの日、始まりを持った。
 新しい学年の教科にも、クラスにも馴染みだした春の終わり。
 これから込み合った電車に乗る憂鬱さの中で、騒ぎはおきた。
 好奇心が動き、人だかりを覗きこんでみたら、産気づいた女性の手を握り、好奇心に満ちた目にさらされながら、一人の少女が座っていた。
 真新しい制服が汚れ、鞄を足元に置いて必死になっている。誰かが呼んだ駅員が、向こうから走ってきていた。
 騒々しさが目立つ駅構内で、震える声で励ましている姿。

 それに―――感動した。

 朝のラッシュの中、自分のことで精一杯だった周囲を横目に、直向なほどの優しさで、千尋は彼女の手を握っていたのだ。
 違う制服だし、判断は迷わなかった。
 千遼がそういう性格でないことは知っている。千遼なら、駅員を呼び、彼女の安否がはっきりしたら、それきり振り返らずにわが道を歩いていく。

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