テキストサイズ

硝子の挿話

第20章 短編~現世編 /直感

 自分は幼い頃からきっとオカシイのだと思っていた。
 見たこともない景色と、見たこともない人たちの顔をはっきりと思い出し。日本語のように自由に浮かぶ言葉の群れは、あり得ないはずの知識が彼―――小田切由南にはあった。
 親にどうだったとか言うと、直ぐに顔をしかめて見せて、「馬鹿な夢を話すな」と怒るから。いつからか口にするのを止めていた。
 けれどこの景色の中で、自分は浮いているのだというのだけは、幼いながらも理解してたと思う。大きくなれば消えるだろうと思っていたのに、今だ消える気配さえ見せないモノ達が由南を無言で責めたてているように思えた。

 大切な何かを欠けていた。

 胸にしまっていた大切な何かを。思い出そうと思っても思い出せない記憶は、それ自体を責めているように由南には感じていた。

「今年も新しく入ってくるな~」

 新入生の群れを見ながら呟いた友人の言葉に、苦笑し桜並木を歩いていく。新入生が入学式に使ったパイプ椅子をなおすという仕事の為に本日、休日を返上し学校に来た二人は並んで他愛無い話をして新入生を二階から見ていた。
「美人な子とか可愛い子って、やっぱ目立つよなぁ~」
 隣でうはうはと喜んでいた友人が、ある一角を指差して、窓の外に見えた桜を眺めていた由南の袖を強くひっぱった。

「ほら!千道だ!!」

 二年の千道真夜。去年彼女が入学して来たときは、ちょっとした騒動にもなりかけたぐらい。一目で目を惹く綺麗な顔立ちの少女だ。接点らしい接点がないので詳しくは由南には分からないが、こっそりと裏で写真が取引されているという噂があった。―――もっとも既に噂ではないことは、隣に立っていた友人が真夜の写真を持っていることで、真実だろうという予測はついているのだが。

「隣にいるのって新入生だろうけど………妹かな?おお~~、可愛いなぁ」

 見てみろよ、という声に興味もないまま付き合いで見て―――驚いた。
 何に驚いたのか自分でも分からない。
 ただ、懐かしさに似た寂寥感が不意に胸をしめつけた。

《記憶に、何かが…見える………》

 屈託のない明るさを魅せる笑顔。誰とも話せる柔らかさ、誰と居ても孤高にさえ見えてしまう瞳の彩。肌の色や髪の色は違うのに、何故―――重なるのか。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ