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硝子の挿話

第20章 短編~現世編 /直感

 呼吸が詰まる。息をしているのが苦しくなってきた。
 無意識に伸ばされた掌が口元を覆い、身体が勝手に震えだす。




思い出せ、思い出せ…




 記憶が急きたてる。初めて出会う筈である少女の横顔。由南はたまらず顔を反らし、瞳を固く閉ざした。
 心臓が強く脈を打ち、頭の中で記憶が乱反射し、フラッシュバックとして点滅を繰り返す。 
 何かが記憶に囁きかける。言葉ではない言葉の洪水に溺れそうになった由南は、無意識でその場を離れた。
 痛みが蘇る。生きている人生では、いまだかつて一度も感じたことがない傷み。
 始まりの鐘は、高らかに鳴り響きだしていた。

 離れた裏庭にたどり着くと、臓腑を焼く灼熱に逆らえずに叫びとして感情を吐き出した。
 
「うわあああああああああああああああああっ!!」

 その場に蹲り、喉が焼けてくる。今まで曖昧に揺らめいていた記憶の欠片が、一気に襲いかかりどれぐらいの時間を蹲っていたのか。
 周囲は静寂が広がっていた。

 顔を上げた由南は、先ほどまでの自分とは少しブレテいるのを感じる。押し寄せてきた記憶は、今の自分を遠くに押しやったが、それでも無理やり引き寄せた。

「今生きている俺は、お前じゃないっ!」

 日本語をゆっくりと繋いだ。そう此処は日本で、自分が今小田切由南であること。今は高校生をしていること。こぼれおちそうになった記憶を、必死に自分の中に留めた。

 そう冬を越せずに取り残された恋。生きている自分をひたすら許せず、自身を呪って生きていた先に見つけた優しさ。
 全てが一本の糸に繋がった。

「………」

 小さな花が開くように、はにかんだ笑顔が広がる。胸に覚える感触を辿りそうになって、伸ばした指先をぐっと握り込んだ。

「もし出会ったら、俺はまた惹かれるんdろうか…」

 チャイムの音が盛大に響き渡った。

「あー! いたいたぁ! お前逃げるなよなぁ!」

 ぶーぶーと文句言う友達の顔を見て苦笑した。

「悪かったな、逃げて」
「おいおい…いきなり不気味な素直さ見せるなよぉ」

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