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硝子の挿話

第21章 繋いだ手

 昔一度だけお願いされた『優しい』と思える詩を。誰でもないティアだけに―――囁きたい愛の調べを、静かにユウリヤは謡った。
 壁と化した水の牙が全ての怒りを曝け出し、此処に届くまでを謡った。






もう一度 ただ もう一度

他の誰でもなく ただ君に

廻りあい 名を呼んで 

無邪気に笑う 君を抱きしめ

そんな君を ただ見てみたい

 






 小さな願いこめて謡った。
 衝撃に離れないことだけを願って、既にもう握る力もなくなった白い身体を抱きしめて。
 引き離される痛みに涙を流すぐらいなら、力いっぱい終焉に逆らおうとユウリヤはティアの身体を抱きしめた。
 瞳を反らさずに受け入れようと顔を上げる。握り締めて、握り返してはこない手を胸に押し当てて、恐怖も超越した感覚の中で、ユウリヤは静かに終幕をみつめ――――全てが途切れた。
 途切れた後に見たのは、もう何もない闇だけだった。
 それが安らぎだと、逆らわずに全てを受け入れた。



 忘れないと、
 強く願い強く抱いた想いはそのまま、
 記憶として小田切由南の記憶として残り、由南はそして見つけたのだ。




「大丈夫ですよ! もうすぐ救急車が来られますよ! 赤ちゃんもお母さんに早く会いたいと急いでいるんですね…頑張って! 頑張って下さいっ」

 最初その声が聞こえてきた時、何かのドラマが撮影されているのかと思った。
 それほどまでに印象を深く、胸を貫いたのは、初めてのことだった。
 一生懸命に話しかける姿を見つけた。





 見つけた瞬間だった。―――








おわり

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