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硝子の挿話

第23章 水に浮かぶ月

 ふわふわと広がる雲を見上げてると、世界がぽつりと落っこちてくるんじゃないかと錯覚してしまう。それは感じる情が淋しいからなのかも知れないと思った。

「一人で出歩かれませんように」

 後ろから気がついたのだろう駆けて来たタルマーノが、多少憮然とした表情で軽く息をきっている。
「探して、くれてたのですか?」

「貴女の命は世界で、たったひとつしかないんです! もっと自重なさって下さいっ!!」

 若干青ざめた表情で見据えてくるタルマーノに、ティアはそっと俯く。顔を上げてタルマーノを見れないと思ったからではなく。自分がただ恥ずかしかった。

《子供のままで…とまた思われたのかなぁ…》

 淋しい、淋しいと切なく啼く胸を押さえる。ティアは唇を噛んで一瞬で解くと顔を上げて微笑した。

「すみません…余りにもいい陽気でつい」

 此処は水耀宮。彼女にとって唯一確立した安全が保障されている場所だ。しかしそれでも何処に刺客が潜むか分からない故に、水耀宮内とは言え無闇に出歩くことは赦されていないのが実情だった。

 それでもたまに、こうしてふらりと出歩く癖は、ティアの小さな頃からのもので。タルマーノはそのことを誰よりも知っていた。
「でもやっぱり見つけるのはタルマーノですのね」
 淡く笑みを広げて、そっと指先を伸ばした。
 彼の長く伸ばした前髪に触れる寸前、タルマーノは顔を反らし俯いた。
 互いに顔を伏せてしまえば、続く言葉は枯れたみたいに出てこない。

 どれだけの時間、二人はそうして黙っていただろう。

 風が二人の間をすり抜けていく。ティアは苦笑し、踵をそっと返した。
 これ以上、此処に居て彼を煩わせる真似もしたくない。嫌われたくない。―――これ以上の、距離は欲しくなんてなかった。
 望んでなった位置ではなかった。
 今の地位は、ティアから沢山のことを取り上げ、束縛を嫌う性質であるのに、それを強請された。
 女、としての権限さえも剥奪され、欲に塗れろと言わんばかりの周囲。息が詰まるばかりの現状に、どうすればいいのか分からなくなってしまう。

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