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硝子の挿話

第23章 水に浮かぶ月

 手を伸ばしたいのに、伸ばせば振り払われそうで。いつの間にか出来てしまった距離に、どれだけティアが切なくなっているか。


 この幼馴染は知っているのだろうか?


 昔は、確かに繋いでいた筈の手をティアは見つめる。今この手を差し出して、昔のように繋いで欲しいと言ったら。
 彼はやはりあの日のように頭を下げて、『姫神子』として対応するのだろうか。
 身を深く折り、頭を下げてしまうのだろうか。

 淋しいと、こんなに言ってるのを彼は知っている筈なのに。今の距離を彼自身は当たり前に受け入れているのだろうか。
 それとも少しぐらいは、寂しいと思ってくれているのだろうか。


 ―――怖くて聞けない。

 いつからこんなにも、弱くなってしまったのだろう。
 ちょっと前なら、もっと大胆に出来ていた筈なのに。
 いつからだろう。
 考える思考は空白に透けて見えない。
 じくりと下腹が傷む。それは記憶の無い時間の代償だ。ティアには傷が出来る前後の記憶はまったくない。
 どうして今、そんな傷が痛むのか。ティアは無意識に摩っていた手を見た。

「傷…まだ痛むのですか?」

 ふっと視線を斜め後ろに反らすと、タルマーノが眉間を顰めて見ていた。
「………そういう訳ではないのですが」
 言葉にならない。
 失うほどの記憶であるなら、それは自己防衛本能だと言い。サイティアは思い出さないでいいのだと言った。

「私…生きてるのが辛いのかも知れない」

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