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硝子の挿話

第23章 水に浮かぶ月

 思いの外すんなりと言葉になる。それはずっと胸に溜めていた意識で、こんな形で浮上するとは思わなかった言葉だった。

 淋しくて、悲しくて。

 すぐ側に感じる体温があっても、孤独に残されてしまう事実。自由に庭さえ歩けない身体なら、生きている意味は何処にあるのだろう。
 人に掌を翳し、豊作を願い雨を呼ぶ。
 両手を掲げて神を呼ぶ。
 感情が揺れるだけで、空の陽気さえ曇ってきた空をティアは泣きそうに見上げた。

「空も淋しいって…言ってる」
「………」

「でも空には雲も太陽も月も数多の輝きもあるわ…」

「リリティア様…」
「………ごめんね、冗談だから受け流して下さいな。私が死ねば少なくてもサイ兄さまが泣くもの………そんな真似は出来ないし…しません」

 両親を失った悲しみは、今も胸に鮮やかにある。そんな状況で、ただでさえ実の両親を失い、養い親であったティアの両親の死にさえあったサイティアから、これ以上肉親を奪う真似をティアはしたくない。エゴだろうと何だろうと、サイティアを悲しませる真似だけは死んでもしたくないと思っていた。
 でも時々、弱く戦慄く本心が洩れてしまうのも事実で、いつもなら誰も居ない場所で言葉にするのに、今日は始めて幼馴染でもあるタルマーノの前で呟いてしまった。

「お願い…今のは聞かなかったことにして………忘れて下さい」

「それが貴女の、リリティア様の望みならば―――」

 泡沫のように儚い水面に浮かぶ月のような、切なく苦しい一刻を、ティアの後ろでタルマーノはただ両手を固く握り、強い感情を沈め、絞め、殺していた。

 互いに気がつかない。
 お互いの気持ちを、空から降り始めた雨だけが見ていた。






おわり

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