闇夜に輝く
第45章 闇夜に輝く夜の蝶
そうして連日の忙しさに追われていると、あっという間に月末となり、とうとう理子さんの最後の出勤日が訪れた。
それは平日の火曜日だった。
先週末にほとんどの指名客がお別れに来ていた。それで華やかに辞めるのが普通なのに、理子さんは敢えてこの日を選んだ。
実は理子さんはこの2年間、毎週必ず決まった曜日に同伴してくれていた村上様というお客様がいる。それが火曜日。
この日、その村上様と同伴してきた。
そして、理子さんがドレスに着替える為、バックヤードへ行く。海斗は村上様をいつものVIP席へと案内した。おしぼりを渡すと話しかけられる。
「今日は理子が来るまで女の子つけなくていいからね」
「かしこまりました」
海斗は丁寧にお辞儀をすると、インカムを使い小声で付け回し担当の坂東さんへ伝える。
海斗はそのまま、客席で片膝をつき、ブランデーグラスにクラッシュドアイスをスプーンで山盛りにし、ブランデーを静かに注ぐ。
グラスの脚を持ち、軽くグラスを回してステアし、お客様の前へ。
その後、チェイサーグラスにミネラルウォーターを注ぎブランデーグラスの横へ添える。
海斗の一連の仕草をじっくり見つめた村上様は
「ありがとう」
と笑みを浮かべる。海斗が席を離れようとするとまた声をかけられる。
「ボーイさんはここに来て1年くらいになるよねぇ。立ち振る舞いが美しくなったね。見ていて気持ちがいいよ」
そう声を掛けられ、海斗はまた片膝に戻る。
「恐れいります。まだ、至らない点ばかりですが嬉しく思います」
海斗がお礼を言うと、村上様は独り言のようにしゃべり始めた。
「僕はねぇ、2年間毎週ここに来てた。最初は理子に会うためだったけど、だんだんこのお店が好きになったんだ。いつもの席で、理子がいて、スタッフさんがいて。僕はこの店のインテリアの様な存在になりたかった。この店の空気が好きなんだ。でも今日でその日常が終わる。けどね、理子がその大切な最終日を僕にくれたんだ。最後まで日常を通してくれた。きっと僕なんかより社会的に偉いお客さんや、お金をたくさん使うお客さんがいるはずなのにね。素直に嬉しかった。あの子は最後まで最高の女だったよ。そしてこの店もね。いつもありがとう」
そうして、ブランデーを口に含み、至福の表情をする。