闇夜に輝く
第54章 勘違い客
海斗は坂東さんからそのカードを渡され、VIP席を出る。
すると今度はフロアの方が騒がしい。
どうやら若い客の方がスタッフに向かって因縁をつけ始めたようだ。
近くにいた山田君に話を聞く。
「どうしたの?」
「なんか、テーブルのグラスとかを勝手に下げたのが気に食わなかったみたいです。それにボーイが掃除機もかけ始めちゃいましたし。そしたら、客を舐めてんのかとか言いだして。それで西野さんが客ならさっさと16万払えって言い返したら、ボッタクリだって騒ぎ始めて。さらに課長を監禁してる!とか言って暴れ出したんで…」
はぁ。せっかくこっちで丸く収まりかけてるのに何をやってんだか。
海斗がキャッシャーに行くと、増田さんが声を殺して笑っていた。
「…何で笑ってるんすか」
「ププッ。いや、未だにウチの店にもこういう客が来るんだなって。最近トラブルが少なくなってつまんなかったからよ。まぁ、たまにはこういう事もないとな。面白いじゃん」
増田さんはウキウキしながらクレジットカードを処理していく。
その間に、坂東さんと井上という年配の客がVIP席から出てくる。
それを見つけた伊藤という若い方の客が走り寄ってきた。
しかし、坂東さんの厳つい風貌に一瞬たじろぐが、井上という男に話しかける。
「い、井上さん。大丈夫てしたか。こいつら16万なんて法外な値段言ってきてますよ。ボッタクリですよ。でも大丈夫です。俺に任せておいてください!」
何やら壮大な勘違いをしているが、井上とかいう男に頼りになる所をアピールしたいのだろう。
「俺、知ってるんすよ。こいつらって口ばっかで手が出せないんですよ。だから挑発して手を出させればいいんです。ほら、そこのお前!殴ってみろよ。どうした?びびってんのか?あ?」
そうして側にいた坂東さんに向かってバカにしたような顔で挑発する。
絶対に街中で坂東さんと出会っていたら、目も合わせずに避けて通るであろうと予想できる。
しかしこの若い男は、酔っ払って完全に調子に乗っていた。
「あ、あの、伊藤君?大丈夫だからもう帰ろう」
若者とは逆に完全に酔いが冷めている年配の井上という男は、遠慮気味に窘めようとする。
一人で空回っている若者が可笑しくて、ボーイも笑いを堪えるのに必死。