ドロップ・オブ・ロゼ 〜薔薇の涙〜
第5章 秘色
「えっ?」
思いがけない一言に顔がにやけてしまう。
千「コーヒーぐらいならご馳走するよ?インスタントだけどね?」
どうぞ?と、笑顔で言う背中に続く。
「お、お邪魔します。」
ヤバい、緊張する…。
付き合い始めた彼女の家に行った時でさえ、こんな緊張しないのに。
千「ごめんね?すこし散らかってるけど?」
描きかけの絵を立て掛けた画架。
絵の具の匂い。
部屋の隅に遠慮がちに置かれたスケッチブック。
小さな部屋の真ん中に置かれたローテーブル。
小さなテレビにベッド。
古いエアコン。
千「適当に座ってて?」
そして、小柄で華奢な彼。
その風景の中にいる自分を、少し擽ったく感じた。
そんな中、ふと、視界に飛び込んできた一枚の写真。
無邪気にピースサインをする彼の隣で笑う眼鏡をかけた若い男性。
お父さん…かな?
吸い寄せられるみたいに眺めていると、細長い指先がその写真に伸びパタリと伏せた。
千「お待たせ。冷めないうちにどうぞ?」
この時の俺は、
この時の彼の行動に些かの疑問も抱くことなく、
湯気の向こうの笑顔に促されるまま供されたコーヒーを口にした。