
20年 あなたと歩いた時間
第11章 手探りの日々
その街はいわゆる学生の街で、
もしかしたら会えるんじゃないかと
錯覚するくらいに、
写真で見た小野塚流星のような背格好の
大学生がたくさん暮らす街だった。
そんな場所で、僕は小学校を卒業するまで
母さんと二人で過ごした。
一番古い記憶は、桜の木がたくさんある
公園で遊んだことだ。
そこに行くまでの川沿いの道にも
ずっと桜が植えられていて
今思えばこのあたりと似ている。
子どものころから、父親について
色々聞いてきたけど
母さんが自分から話すことはあまりなかった。
たまに話す時には、父さんのことを
「死んだ」ではなくて「いなくなった」と
言った。だから幼い僕は
どこかに父さんがいるような気がして
父さんが通っていた大学の前で一日中
似た人を探したりした。
本屋に行けば医学書コーナーにいる人を
チェックし、
父さんが好きだったシンガーソングライターの
曲の中に何かヒントがあるかもしれないと
全曲聴いてみたりもした。
会ってみたかったのだ。
写真でしか見たことのない父親に
一度でいいから、会ってみたかった。
その思いは成長するにつれ増幅していった。
そして、六年生の夏休み。
両親が生まれ育った場所で暮らしてみたいと
母さんに打ち明けたのだ。
僕の希望はあっさり受け入れられ
なんとなく中学受験をし
あっけなく京都を去る日がきた。
京都には何の未練もなかった。
そこに小野塚流星の痕跡を見つけることは
出来なかったからだ。
僕はずっと、あいつの残した何かを
探している。
母さんや要からは、聞き尽くした。
でも、あいつの『真実』は
他にあると僕は信じていた。
もしかしたら会えるんじゃないかと
錯覚するくらいに、
写真で見た小野塚流星のような背格好の
大学生がたくさん暮らす街だった。
そんな場所で、僕は小学校を卒業するまで
母さんと二人で過ごした。
一番古い記憶は、桜の木がたくさんある
公園で遊んだことだ。
そこに行くまでの川沿いの道にも
ずっと桜が植えられていて
今思えばこのあたりと似ている。
子どものころから、父親について
色々聞いてきたけど
母さんが自分から話すことはあまりなかった。
たまに話す時には、父さんのことを
「死んだ」ではなくて「いなくなった」と
言った。だから幼い僕は
どこかに父さんがいるような気がして
父さんが通っていた大学の前で一日中
似た人を探したりした。
本屋に行けば医学書コーナーにいる人を
チェックし、
父さんが好きだったシンガーソングライターの
曲の中に何かヒントがあるかもしれないと
全曲聴いてみたりもした。
会ってみたかったのだ。
写真でしか見たことのない父親に
一度でいいから、会ってみたかった。
その思いは成長するにつれ増幅していった。
そして、六年生の夏休み。
両親が生まれ育った場所で暮らしてみたいと
母さんに打ち明けたのだ。
僕の希望はあっさり受け入れられ
なんとなく中学受験をし
あっけなく京都を去る日がきた。
京都には何の未練もなかった。
そこに小野塚流星の痕跡を見つけることは
出来なかったからだ。
僕はずっと、あいつの残した何かを
探している。
母さんや要からは、聞き尽くした。
でも、あいつの『真実』は
他にあると僕は信じていた。
