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20年 あなたと歩いた時間

第11章 手探りの日々

「…いきそう…っ」

いつもより全然早く来た、その感覚。
むしろ、めっちゃかっこ悪。
両手を床について四つん這いになったまま
肩で息をする僕を、ゆいは
ほんのり頬を赤くして見上げている。

「…見るな」

僕はゆいから自分を抜いてさっさと片付けた。
そのままベッドによじ登り、うつぶせになって
壁に顔を向けた。
しばらくそのままの姿勢でいると、壁に
立ち上がる影が映しだされた。
反対側に顔を向けると、
いつの間にか映画は終わり
真っ黒なテレビの画面に寝そべる自分の姿が
うつっていた。
目だけを動かして窓の外を見ると
暮れかけた春の夕空に流れる雲が見えた。
ゆいも、同じ景色を見ていた。
補聴器は、テーブルの上に
さっき僕が外したままの形で置かれていた。
いま、僕の声はどんなふうにゆいに届くの?

「愛してる…」

僕は、卑怯だ。届かないから、言える。
無責任だ。
窓の外に視線をやるゆいの背中に
卑怯でかっこ悪い僕は愛の言葉をつぶやく。
それを十五歳のせいにしても
構わないだろうか。
なあ、流星。おまえなら…

「ゆい」

ベッドから降りて、後ろからゆいを
包み込むように抱き締める。
初めてこんなふうにゆいの体温を
感じたときに見つけた、ゆいの耳の後ろにある
手術の傷跡。あの時はほとんど僕の目線と
同じ高さに見えたのに、今はずっと
下に見える。
その傷跡に唇をつけて、好きだよ、と言う。
ゆいは、僕の腕に手を掛けて
振り返ろうとした。
僕は、その動きを止めるように
両腕に力を込めた。

「コウキ?」

補聴器をつけていないゆいは
自分の声がひどく大きく聞こえてしまう
らしく、
ほとんどささやき声みたいなボリュームで
僕を呼んだ。

ねえ、ゆい。

僕は誰かのために、生きてもいいのだろうか。
誰かを、生きる目的にしても、いいかな?
その人を置き去りにして
僕は死んだりしないかな?
ある日突然。
そう、流星のように。

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