
20年 あなたと歩いた時間
第11章 手探りの日々
今かよ。確実に弁当食いそびれるだろ、とは
言わず僕は黙って川辺先生の隣に座った。
「なんか、嫌なことでもあるのか」
先生は、ちょっと昔の先生みたいな口調で
言った。
次に『良かったら、先生に話してみろ』っ
続いたら僕は笑いを堪えきれなかっただろう。
けど、言わなかった。
かわりに、嫌なことを忘れられる解決策を
持っているなら大丈夫だ、と言った。
「あいつもよく走ってたな…」
川辺先生は、遠くを見つめて話し始めた。
まだ大学院を出たばかりの、僕が教師として
駆け出しのころ、学区内でトップの公立高校に
赴任し、僕は『川辺っち』と呼ばれていた。
そこで一人の男子生徒に出会った。
進路指導担当だった僕は、
よくそいつから相談をうけた。
恋愛相談もうけた。
彼はどうしても医学部に行きたいと言った。
でも彼の親は反対していた。
生活が楽ではなくて、たとえ国立でも
医学部にやる余裕がないってね。
僕は彼が医学部を目指す理由を知っていたから
何度か彼の家に足を運んだ。
三年生の秋になってやっと許してもらえて、
本当に頑張ってたな。
でも時々、苦しかったんだろうな。
陸上部でもないのに、ひとり走ってた。
受験料すら無駄にはできなくて、
たった一校だけ受けた大学に見事合格した。
彼は本当に強かった。
脱帽とは、このことだと思ったよ。
僕は高校三年生の彼らがうらやましかった。
小野塚流星も真島のぞみも、
未来そのものに見えた。
卒業してからの流星は、たまに届く手紙からも
わかるくらい生き生きしていた。
少ない仕送りをカバーするために、
バイトをいくつも掛け持ちしていたらしいが
目標を達成するための労力は
惜しまない流星だった。
教授の研究室にも足繁く通って、
医学にますますのめり込んでいった
感じだったな。
陸上部にも所属していたし、まさに二足、
三足のわらじだった。
だけど、最後になる手紙を読んだ時のことを
僕は今もはっきりと覚えている。
消印は震災の前日だったが、
僕の手元に届いたのはそれから一ヶ月が
過ぎてからだ。
この手紙は恐らく最後だろうし、
僕は何も達成できないまま人生を終えることに
なりそうだ、ってね。
流星が犠牲になったことを知ってから読んだ
その手紙は、不思議な説得力があった。
僕は、死とは、何もかもがなくなると
いうことを知ったよ。
言わず僕は黙って川辺先生の隣に座った。
「なんか、嫌なことでもあるのか」
先生は、ちょっと昔の先生みたいな口調で
言った。
次に『良かったら、先生に話してみろ』っ
続いたら僕は笑いを堪えきれなかっただろう。
けど、言わなかった。
かわりに、嫌なことを忘れられる解決策を
持っているなら大丈夫だ、と言った。
「あいつもよく走ってたな…」
川辺先生は、遠くを見つめて話し始めた。
まだ大学院を出たばかりの、僕が教師として
駆け出しのころ、学区内でトップの公立高校に
赴任し、僕は『川辺っち』と呼ばれていた。
そこで一人の男子生徒に出会った。
進路指導担当だった僕は、
よくそいつから相談をうけた。
恋愛相談もうけた。
彼はどうしても医学部に行きたいと言った。
でも彼の親は反対していた。
生活が楽ではなくて、たとえ国立でも
医学部にやる余裕がないってね。
僕は彼が医学部を目指す理由を知っていたから
何度か彼の家に足を運んだ。
三年生の秋になってやっと許してもらえて、
本当に頑張ってたな。
でも時々、苦しかったんだろうな。
陸上部でもないのに、ひとり走ってた。
受験料すら無駄にはできなくて、
たった一校だけ受けた大学に見事合格した。
彼は本当に強かった。
脱帽とは、このことだと思ったよ。
僕は高校三年生の彼らがうらやましかった。
小野塚流星も真島のぞみも、
未来そのものに見えた。
卒業してからの流星は、たまに届く手紙からも
わかるくらい生き生きしていた。
少ない仕送りをカバーするために、
バイトをいくつも掛け持ちしていたらしいが
目標を達成するための労力は
惜しまない流星だった。
教授の研究室にも足繁く通って、
医学にますますのめり込んでいった
感じだったな。
陸上部にも所属していたし、まさに二足、
三足のわらじだった。
だけど、最後になる手紙を読んだ時のことを
僕は今もはっきりと覚えている。
消印は震災の前日だったが、
僕の手元に届いたのはそれから一ヶ月が
過ぎてからだ。
この手紙は恐らく最後だろうし、
僕は何も達成できないまま人生を終えることに
なりそうだ、ってね。
流星が犠牲になったことを知ってから読んだ
その手紙は、不思議な説得力があった。
僕は、死とは、何もかもがなくなると
いうことを知ったよ。
