
20年 あなたと歩いた時間
第11章 手探りの日々
「川辺先生いらっしゃいますか」
放課後、言われた通り数学科準備室に来た。
声をかけると去年教わっていた先生が
入って待ってていいよ、と言った。
壁一面造り付けの棚にぎっしり詰まった本の圧迫感が半端ない。
川辺先生の机は、すっきりと片付いていて
いくつかの写真が飾られていた。
家族の写真、生徒達との写真、風景。
その中に僕は見つけた。
流星だ。
制服を着て、まだ若い頃の川辺先生と
並んでいる。まっすぐにこっちを見て、
笑っている。
左右で大きさの違う目、通った鼻筋、
唇の端だけを上げる笑顔、くせのない髪。
全部、僕だ。
ここまでそっくりな写真は、家にもない。
母さんがよく言う。
あなたは本当に流星にそっくりだと。
その言葉を今、初めて信じた。
「おっ、ちゃんと来たな」
川辺先生が缶コーヒーを二つ持って現れた。
ひとつを僕に差し出して隣の椅子をすすめた。
「何から話そうか…」
先生は今まで僕が見ていた流星の写真を
手に取った。
「あの震災の翌年、僕は市高を辞めた」
もちろん、流星や真緒のことがあった。
思い出が多すぎてね。
流星が走っていたグラウンドも、
よく考え事をしていた渡り廊下も、
二人で缶コーヒーを飲んだ進路指導室も、
僕には辛い思い出でしかなかった。
流星は、あまりにも僕の学生時代に
似ていてね。考えていることが手に取るように
わかった。色んな話をした。
もちろん、勉強以外のことも。
教師がひとりの生徒にこれだけ思い入れが
あるのも不思議なことだけど、
とにかく高校三年生の流星が自分の未来を
真剣に考える姿に、僕は教師という仕事を
何があっても辞めないと誓ったよ。
ある日、のぞみのお母さんの話になったんだ。
君のおばあさんだ。
おばあさんはのぞみが小学生の頃に
亡くなっているよね。もちろん、君は
会ったことがないけれど、流星は小さい頃から
可愛がってもらったらしい。
彼女は、遺伝性の病気を患っていた。
それは、女性に遺伝しやすい病気らしい。
「それって、つまり、母さんもなる可能性があるってこと?」
「…そうだ。流星は、のぞみを失いたくなくて、その病気を治療できる医師になろうとしていた。そして再生医学に出会ったんだ」
おばあさんの主治医は、その頃大学病院で医師をしていた十河教授だったそうだ。
もっともその頃は、まだ講師だったけどね。
放課後、言われた通り数学科準備室に来た。
声をかけると去年教わっていた先生が
入って待ってていいよ、と言った。
壁一面造り付けの棚にぎっしり詰まった本の圧迫感が半端ない。
川辺先生の机は、すっきりと片付いていて
いくつかの写真が飾られていた。
家族の写真、生徒達との写真、風景。
その中に僕は見つけた。
流星だ。
制服を着て、まだ若い頃の川辺先生と
並んでいる。まっすぐにこっちを見て、
笑っている。
左右で大きさの違う目、通った鼻筋、
唇の端だけを上げる笑顔、くせのない髪。
全部、僕だ。
ここまでそっくりな写真は、家にもない。
母さんがよく言う。
あなたは本当に流星にそっくりだと。
その言葉を今、初めて信じた。
「おっ、ちゃんと来たな」
川辺先生が缶コーヒーを二つ持って現れた。
ひとつを僕に差し出して隣の椅子をすすめた。
「何から話そうか…」
先生は今まで僕が見ていた流星の写真を
手に取った。
「あの震災の翌年、僕は市高を辞めた」
もちろん、流星や真緒のことがあった。
思い出が多すぎてね。
流星が走っていたグラウンドも、
よく考え事をしていた渡り廊下も、
二人で缶コーヒーを飲んだ進路指導室も、
僕には辛い思い出でしかなかった。
流星は、あまりにも僕の学生時代に
似ていてね。考えていることが手に取るように
わかった。色んな話をした。
もちろん、勉強以外のことも。
教師がひとりの生徒にこれだけ思い入れが
あるのも不思議なことだけど、
とにかく高校三年生の流星が自分の未来を
真剣に考える姿に、僕は教師という仕事を
何があっても辞めないと誓ったよ。
ある日、のぞみのお母さんの話になったんだ。
君のおばあさんだ。
おばあさんはのぞみが小学生の頃に
亡くなっているよね。もちろん、君は
会ったことがないけれど、流星は小さい頃から
可愛がってもらったらしい。
彼女は、遺伝性の病気を患っていた。
それは、女性に遺伝しやすい病気らしい。
「それって、つまり、母さんもなる可能性があるってこと?」
「…そうだ。流星は、のぞみを失いたくなくて、その病気を治療できる医師になろうとしていた。そして再生医学に出会ったんだ」
おばあさんの主治医は、その頃大学病院で医師をしていた十河教授だったそうだ。
もっともその頃は、まだ講師だったけどね。
