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20年 あなたと歩いた時間

第12章 君が生きた日々

しかしそんな非科学的なことって
あり得るだろうか。
たまたま震災で犠牲になったが、
自殺願望なんてなかったはずだ。
ここにいる、二十歳の学生の中に
一人でもそんなやつがいるだろうか。
…いないよな。

「…小野塚くん」
「え…?」

コーチが呼んだ。
ストレッチから顔をあげた僕の顔を見て
声を掛けたから、僕を呼んだつもりだろう。小野塚くん。

「タイムとってみる?ていうか、僕が知りたいんだけど、どれくらい速いか」
「はい、お願いします」

いくら速いと言っても11秒を切ったことは
ない。
誰かに真剣にコーチしてもらったこともない。
所詮進学校のもやし陸上部だ。
スタブロに足をかけ、体勢を整える。
いつもより低い視界に見えるのは、
十数秒未来の、百メートル向こう。
パン、とピストルが鳴った。
走りながら、まわりの視線を感じる。
こんなんじゃ、だめだ。
僕は、何に対しても真剣になれない。
それでも、体は風をきり、腕は空をかく。
足はトラックを蹴り、意識は未来を目指す。すぐ先の、未来。

「11秒05」

わっ、と周りが沸いた。
そのタイムに耳を疑う。
もちろん、自己ベストタイムだ。

「小野塚くん!すごいね、やっぱり早いんだ」

いや、だから僕は、小野塚じゃないし…

「小野塚?小野塚ってあの小野塚流星と親戚?」

金髪のタイムキーパーが言った。またか。
また流星を知ってるやつか。

「県営競技場の記録保持者んとこに、あるんだ。桜台二中の小野塚流星って。おれ、中学んとき何となく目標にしてたんだよ、名前がおんなじだったから」

ふと隣を見ると、流星のことを知っている
コーチは目を逸らせた。

「いや、他人です。陸上やってる親戚、いないし」
「そっか。なんか思いだしたよ、自分が目標にしてた名前」

僕は曖昧に笑って、スパイクを脱いだ。
流星、おまえ結構すごかったんだな。
おまえの名前だけで励まされてたやつが
いるんだ。
今日のタイムは非公式だ。
でも、流星の力だと思った。遺伝。
そしてまたひとつ、流星のことを
知ることができた。
今も、破られていない県の中学記録。
まだ子どもだった頃の、小野塚流星。
僕は、自分の中にまっすぐな芯が
埋め込まれたような気がした。
迷わなくても、歩いていける気がした。

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