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20年 あなたと歩いた時間

第12章 君が生きた日々

僕はすぐに向きを変えてバス停に向かう。
日曜日なら試合のひとつでもしているだろう。
時刻表をみた。15分後バスは来る。
ベンチ代わりのバーに軽くよりかかり、
缶コーヒーをひとくち飲んだ。
ゆいには、プルタブを開けたカフェオレを
手渡す。
ありがとう、と言ってゆいはやっと
腕を絡ませた。

「…進路、決めた?」

最近は抱き合うときも、メールの内容も
大胆なくせに、僕に何か聞きたいことがあるときは何となく遠慮がちだ。
わかってる。
僕がそうさせてるんだ。

「…医学部。習いたい先生がいる。その教授がいるところ」

明言を避けたのは、無意識だった。
ゆいはそれ以上聞いてはこなかった。

「コウキは大人だね」
「…え?」
「何でもかんでもベラベラしゃべったりしない。自分の世界は、ちゃんと自分で守ってる。そういうところが好き」

自分の世界か。なるほど。

「冷めてる、ゆいは」
「違う。冷静でいたいの、いつも」
「そうだよな」

ゆいとは、いつも大切なポイントで意見が
合う。だから、離れられない。
過去も、今も、近い未来も。
何をして来たのか、何をしているのか、
何をしたいのか。
そんなことよりも。
何を信じているのか。
どんな自分でありたいか。
ゆいの小さな右耳から、補聴器を外して
僕は唇をつけてささやく。
すーっと心地よい風が二人の間を抜けていく。
ゆいは、その耳まで赤くして僕から離れる。
それでも何度でも、僕はささやく。
それが現実になるまで。
使い古された言葉しか思い浮かばないけれど
それが僕の中に芽生えた、たったひとつの
生きる希望だと思えるから。

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