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20年 あなたと歩いた時間

第12章 君が生きた日々

ー1985年 夏

『流星…お母さん、死んじゃった…』

のぞみから電話があったのは、
夏休みの宿題も大体終わって、
アイスを食べながら留守番をしている
午後の早い時間だった。
酒造会社を営む僕の家は、夏の生酒の出荷が
終盤に入り、両親は会社に缶詰めだった。
1つ歳上の姉ちゃんは、私立中学を
受験するらしく夏休みも部屋にこもって
勉強していた。
そんな、いつもと変わらない夏休みだった。
でもひとつだけ違っていたのが、
幼なじみののぞみのお母さんが
入院していることだった。
おばさんはいつも元気で、それまでは
大学病院の看護婦をしていた。
でも梅雨が明けた頃から具合が悪くなって、
勤務していた病院に入院したのだ。
おじさんは大学の助教授で、どうしても
家を空けなければならない時があった。
そんな時、のぞみは僕の家でご飯を食べた。
おばさんの本当の病名はわからない。
癌だって言ってたけど、絶対に違う気がする。
誰も、教えてくれなかった。
ただ、お見舞いに来ていたのぞみの
おばあちゃんが話していたのを偶然聞いた。おばあちゃんは『のぞみに遺伝しなきゃいいんだけど』と言っていた。

『流星…流星。お母さんが…』

のぞみは、電話の向こうで泣いていた。

「すぐ行くから!そこで待ってろ」

僕は自転車に飛び乗り、大きな川を越えて
大学病院を目指した。
何度もお見舞いに行った病院。
主治医の先生とも仲良くなったほどだ。
蝉の鳴く声が、どこまでも追ってきた。
汗が身体中から噴き出した。
僕は後悔していた。
いつも、祈っていた。

のぞみのお母さんが助かりますように。

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