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20年 あなたと歩いた時間

第12章 君が生きた日々

ー1988年、秋。

「流星っ!すごいすごい!おめでとう!」

スタンドから大声で叫んでいるのは、のぞみだ。
僕は表彰台から下りると足早にテントに
向かった。

…はずかしすぎるだろ、どう考えても…。

陸上部の仲間や先生たちが拍手で
迎えてくれた。
よくやったの声と共に次々に背中や頭を
バシバシたたかれ、その溢れんばかりの笑顔に
僕の目から涙が流れた。
陸上やっててよかった。
練習、真面目にやっててよかった。
やっぱり僕の夢は、世界一のスプリンターに
なることだ。

「泣くなよ!のぞみちゃんに言っちゃうぞー!」

先輩が後ろから羽交い締めにしながら
言った。
そうだ。のぞみがいたからなんだ。
トップスピードを感じた瞬間、のぞみの姿が
視界に入った。
そしてなぜか、後半そのスピードを
維持したまま僕はゴールしたのだ。
初めての経験だった。
でも同時に膝に痛みを感じた。
それも初めてだった。
だけど、その痛みが走ることをあきらめる
きっかけになるとはその時は考えも
しなかった。
まだ痛みの残る足をひきずって家に帰ると、
玄関の前にのぞみがいた。

「おめでとう!流星。すごいね。見てたよ」

うれしそうにのぞみは言いながら、
僕にまとわりついてきた。
その声を聞いて、ガラガラっと玄関の戸が
勢いよく開いて母さんが出てきた。
勢いよく開けなければならないほど、
うちは古い。
じいちゃんが子どもの頃に建てられた
木造の我が家は、このあたりでも断トツに
古く、そろそろ建て替えようと
母さんが言い出した。
けど僕は何となく気づいている。
父さんの会社は、いまそんな余裕など
ないことに。


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