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20年 あなたと歩いた時間

第12章 君が生きた日々

「…先に帰ってもいいよ。おれ、終わったら学校行くからさ」
「そんなこと言わないでよ。流星と二人でいるの、久しぶりなんだから」

母さんはりんごの方を僕に手渡して、
向かいに座った。
レントゲンやらCTやら、
いくつかの検査の結果待ちで、
早くも一時間が過ぎようとしている。
昼前に外来の受付は終わっているので、待
っている患者の数はまばらだ。
遠くで呼び出しのアナウンスや
救急車のサイレンの音が聞こえる。

「…流星」
「ん?」
「…一位、おめでとう。流星は勉強もできるし、走るのも速いし、母さんいつも会社で自慢してるのよ。父さんは恥ずかしいからやめろって言うけど」

知らなかった。
昔からあまり褒められた記憶がない。
姉ちゃんはピアノの発表会だとか、
絵画コンクールで賞をもらったとか、
わかりやすい褒められポイントがあったけど
僕にはなかったからだ。
いや、テストで100点をとってもいつも
「当然でしょ、毎日学校に行ってんだから」
と言われていた。

「社長の息子の自慢話されたって、うっとうしいだけに決まってるだろ」

残りのジュースをイッキ飲みして、
缶をつぶした。耳が熱い。
ひいじいさんが興した造り酒屋。
社員が十数人の小さな会社だ。
みんな、僕が生まれる前から家族みたいに
身近にいた。
母さんが会社で僕の話をする様子が
目に浮かぶ。

「長男だからって、会社継がなくてもいいのよ。…継げないかもしれないから。好きなことしなさい。走れなくなっても、また好きなこと、見つけて」

薄々気づいていた。父さんの会社も
僕の膝もヤバいことに。

『小野塚さん。小野塚流星さん。一番の診察室にお入りください』

ガチャっ、という音がスピーカーから
聞こえた。
僕は少しだけ心臓が跳ねた気がして
息を吸った。


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