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20年 あなたと歩いた時間

第1章 14歳


「ははは。そうだよな。まだいいか。けどおれは…」
「ん?」
「座る?」

流星は公園の中にあるベンチを指さした。
桜の木が囲むように植えられ、
木陰を作っている。

「のぞみ、何か飲む?」
「あ、えーと、お茶」
「ん。待ってて」

向かいにある自動販売機に走っていき、
缶のお茶を二本買って戻ってきた。
流星に手渡されて受けとると、
水滴がびっしり缶の外側についていた。

「おれさ、将来ちゃんとした職業に就きたい。金の心配なんてしなくていいような仕事」
「…真緒に聞いたよ」
「…親父の会社、ちょっと厳しくてさ。多分そのうち倒産する。だから、助けたいんだ」

そこまで言ってお茶をくっ、と飲んだ。
前屈みになってひじを膝につき、
缶をぐるぐる回している。

「…っていうのもあるんだけど。ま、色々」

流星はその姿勢のまま、私の方を向いた。
斜め下から私を見上げる流星は、
大人びて見えた。

「こんな日だったよな。のぞみのおばさんが亡くなった日…もう三年」
「そうだね…早いね」

それは小学校五年生の夏だった。
今日みたいに暑い夏の夜、
お母さんは癌で亡くなった。その夜、
よくわからないまま私は流星のうちに
預けられ、流星のお姉さんと同じ部屋で
眠った。翌朝、いつもと同じように
ラジオ体操に行き、流星のお母さんが
作ってくれた朝ごはんを食べた。
誰もが悲しそうに、無理に笑顔を
作っていたことを覚えている。
あの時の悲しみ自体は、
もう薄れつつある。
人間は楽しかったことだけを
記憶として刻むことができる生き物なのだ。そして、最近分かってきたことがある。
記憶は、どんどん上書きされていくのだ。
流星はお茶を飲み干し、やわらかいアルミの缶をぎゅっと握りつぶした。

「とにかく今は勉強してできるだけ上に進みたい」
「うん、私も何か頑張れることを見つけるよ」
「ああ」

流星が立ち上がり、自転車に乗ろうとした。私のかばんを持って前のかごに放り込んだ。

「乗る?うしろ」
「うん」

横向きに座って流星の腰に手を回した。汗の匂いがして、背中は熱かったけど私はその背中に横顔をくっつけた。

「要のこと、放っておいてやろう」
「大丈夫かな」
「大丈夫だよ。それに」
「ん?」
「真緒も本当は要のこと、好きなはずだからさ」
「え?そうなの?じゃあなんで堀川先輩と?」
「はは…っ。さあな」

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