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20年 あなたと歩いた時間

第12章 君が生きた日々

放課後、置きっぱなしにしていた鞄を取りに
戻ると静かな教室に紺野がいた。

「…小野塚くんのかばん、まだあったから」

鞄をつかむと、僕はその言葉を無視して、
下で待つのぞみのところに戻ろうとした。
もう紺野のことはどうでもよかった。

「松井くんに聞いた。…ごめん」
「…何であやまるの?」
「言い訳していいの?」

紺野は、教室を出ようとしていた僕を追って
ドアまで来た。

「ご自由に」

僕は振り返りもせず、でも紺野が何を言うのか
興味があった。

「真島さんが、いい子だから」
「は?」
「きっと、何もかも小野塚くんに寄りかかって幸せに生きていくんだろうなーって思って。私のほうが絶対、小野塚くんのこと好きなのに、幸せになるのは真島さん。…でも当たり前よね。真島さんはいい子だから」
「…のぞみは、おれに寄りかかったりしないよ」
「…知ってる」

紺野は、矛盾したことを言いながら
僕の後ろで声を震わせていた。

「寄りかかってるのは、むしろおれのほうだよ」

僕は何で紺野なんかに本音を言わなければ
ならないのか、わからなかった。
僕が認めたくない、本音。

「…すごいね。真島さんって」
「すごいよ」
「ここまで小野塚くんの気持ちを聞いても、まだ好き」
「…勝手にすれば」

そう言って、僕は教室を出ていくことも
できた。それなのに、そのきっかけが
わからなくなっていた。
自転車置き場で、のぞみが待っている。

「…好き。初めて見たときからずっと好き。高校に入って、同じクラスになって、小野塚くんのこと知ったら、思ってた通りの人だった。絶対、私のこと好きだって言わせるって…」

僕は振り返った。
その声で、紺野がどのくらい僕の背中に
近いところにいるか、わかっていた。
振り返れば、すぐに唇が触れることも
わかっていた。

「…ん…っ」

紺野の、あかくて、水分を含んだ果実のような
唇はつめたかった。
僕は心が揺れたわけではなかった。
ただ、こうすれば紺野の唇から、
とめどなく流れる僕への気持ちは
止められるような気がした。
もうこれ以上聞きたくなかった。
紺野のことを嫌いになる前に、
やめさせたかった。

「…もう1回する…?」
「…して」

僕は果実を貪りながら、のぞみに知られたら
絶対に悲しむ…いま、それをしているんだ…
そんなことを考えていた。

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