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20年 あなたと歩いた時間

第12章 君が生きた日々

「あ、ここ。ここがすき」

僕は左耳から聴こえる、のぞみが好きだと
言った部分を歌った。

「『♪言いたいこと言いあって
それじゃまたねと切って
僕が夢に出てきたら
それが恋人だろ』」

僕とのぞみは、子どもですら遊んでいない
冬の寒い公園で、遊具に入って音楽を
聴いていた。

「私、まだ流星が夢に出てきたことないんだ」

のぞみが笑いながら言った。
なんでかな、恋人なのに、と。

「目が覚めた瞬間に忘れてるだけで、ほんとは毎晩見てるよ。のぞみの夢の中でおれ、あんなこととか、こんなこととかしてるから、のぞみは覚えてないほうがいいんだよ」

僕がからかうと、のぞみは真っ赤になって
僕の肩を押した。

「ちょ…!滑るって!ていうか、なに変な想像してんだよ!のぞみのスケベ!」

誰もいない公園は静かで、僕らのふざけあう
声だけが遊具の中に響いていた。
車の音も踏切警報器の音も、
遠くの出来事のようだった。
秋の終わり。
紺野とのことを猛省した僕は、
こんな汚れた唇でのぞみに触れられないと
落ち込んだ。

『おまえ、意外と重いな』

一部始終を知った要が、そう言った。

『頭いいくせにバカで重いとか、ありえね。
キスくらいでガタガタ言うなよ』

そんなことを言われ、僕は傷口に塩を
すりこまれた気分だった。
『おまえが軽いんだよ』とは言い返せず、
でも、何も知らないのぞみが
僕に笑ってくれるたびに、傷は癒えていった。
そして、冬のはじめ。
僕はのぞみにキスをした。衝動的だった。
ずっと一緒にいたのに、触れたことの
なかったそこは、あたたかで、
やわらかかった。
のぞみは女の子なんだと意識した。
そう思う出来事は、どんどん増えていく。
並んで座っているけれど、
触れるか触れないかの隙間があって、
僕らは違う景色を見ていた。
でも聴こえる音楽は同じで、
同じことを考えていた。

「この曲もすき」

CDはくるくると回り続けて、
別の曲が始まった。僕ものぞみも、
だまってその曲を聴いていた。

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