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20年 あなたと歩いた時間

第4章 18歳

ものぐさな男が九割を占める、
午後の教室は薄暗い。
梅雨入りしたせいもあるが、
誰も電気をつけようとしないのが
一番の原因だ。
教師の都合で自習になった五時間目の美術。
これが六時間目なら誰もが学校から
消えるのだろうが、あいにく六時間目は
受験対策の授業なので帰るわけにもいかず、
皆仕方なく、真ん中に置かれた彫刻を
デッサンしている。しかも、なぜか隣の席に

クラスの違う要が座っている。

「なんでおまえいんの?」

おれはクソ真面目に「自由」というタイトルの
少女と鳩をデッサンしながら言う。
ちくしょう、おれも早く自由になりてー、
とは口に出さずに。

「おれらも自習。川辺っち、何とか会の何とかの研究会だってよ」

川辺っち、とは今年大学院を出たばかりの、
背の低い数学教師のことだ。なかなか気が合う。

「全然わかんねー。じゃあ自分の課題してこいよ」
「してきたって。それよりさ、」
「あ?」
「流星、おまえ、『神』だな」
「は?」

別のクラスの要がいるだけで
違和感があるのに、
いきなり神と言われたので
一斉に視線を感じた。

「ある意味、『神』かもな。容姿端麗、眉目秀麗、文武両道、才色兼備。当てはまる四字熟語が誰より多い」

反対側の隣に座っていた松井が、
イーゼルに立てた画用紙いっぱいに
数式を書きながら言った。
彫刻のタイトルは、自由。
彫刻がどんな風に目に映るかも、自由。
松井にはこの少女と鳩すら、
数式にみえるらしい。
松井は学年トップの成績を誇る。
無駄なことは一切せず合理主義を
絵に描いたような人間だ。
中学校も同じだった松井を
おれは結構好きで、一、二年生の頃は
よく本を交換していた。
松井が面白いというのは
主にテーマの偏った新書の類いだが、
おれにしては新鮮だった。

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